窓のある部屋に移動2021年06月11日

 昨秋から一昨日まで窓のない部屋を寝室にしていた。コンクリートの居室は昼は暑く、夜は寒く、朝方の夜明け直前に冷え込む。暮らしにくい環境である。だから、入居当時は窓のある部屋を寝室にしていたから秋になるとよく風邪を引いた。
 それに気がついたのはずっと後のことである。なので一年に2回部屋の移動をやることになった。面倒だが健康のためには仕方ない。ちょうど夏タイヤとスタッドレスタイヤの交換時期に重なる。ずれることもある。今年は大幅にずれた。気候が変だと思う。
 もう寒い朝は来ないだろうと変わったが、昨夜は涼しかったので窓を閉めた。油断大敵だ。今時風邪は絶対引きたくない。
 雑務が片付いてきたので本業の仕事の進捗を確かめた。やりかけの仕事も手紙を書いたりして忘れないようにしたい。他にも新しい事務所広告の構想も練らねばなるまい。山岳会や俳句の方はさほど停滞しないのは相手が居ないからだろう。

山岳遭難急増の背景2021年06月12日

 相変わらず、60歳以上の山岳遭難が継続的にある。ステイホームで確実なことは筋力の低下、体重増加、他人とのコミュニケーション低下などである。昨年の春から秋までの遭難はおおむね70歳以上、単独行、登山届の未提出で共通していた。
 今年はやはり70歳以上が多いことは否定できない。昨年とほぼ変わらない傾向にある。登山届未提出、単独行も同じ。
 そこでもう一つ深掘りすると、インターネット遭難の言葉が浮かんだ。山岳会には入らず、インターネットで何から何まで情報を収集して実践に移す人だ。装備、登山の方法、登山道のルートの状況など。ルートは改訂されないガイドブックよりは新鮮だろう。
 しかし、そこに落とし穴がある。鈴鹿でも奥美濃でも近年はヤブ山のガイドブックが多数出版されている。それを読んで無事に登山を果たせた。そして、その記録をSNSにアップする。するとSNSの仲間がそれを読んで行く。ところがバリエーションルートには登山技術が要求されることがある。鈴鹿なら西尾寿一『鈴鹿の山と谷』が出版されておびただしいルートが紹介された。道標がある登山道なら問題はないが、ネット情報でバリルートも一般化(拡散)されてゆく。
 比較的若い40歳代のとんでもない遭難の顛末記を読むと、初心者でありながら御池岳のT字尾根をたどり、道迷いで6日間もゴロ谷に閉じ込められた事件があった。あんなルートは昔はガイドブックには紹介されなかった。それが西尾氏の本で知られ、ネットで拡散されてしまった結果遭難してしまった。当事者は後年御在所山で遭難死したという。
 先輩について登山のイロハを教えてもらいながら実力を付けて行ったスタイルはもう昔のことになったのだ。これからは非常識なネット遭難が増えるだろう。

ワクチン接種後の死亡記事2021年06月13日

ワクチン接種後の死亡事例、因果関係「評価不能」は何を意味する?専門家が指摘する不信感払拭の鍵とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/3811675af314a15bdf05051fae979628b66e7477

コメントから拾うと

①ワクチン接種後27時間後にひどい回転性の目眩で救急搬送され入院しました。でも、医師は申し訳ないけど因果関係不明としかいえない。と言ってましたが日常と違う事はワクチンしかないのでそれしか考えられません。入院費かなりかかったので補償してほしいです。亡くなった方は帰ってこないけど認定してご遺族の納得いく回答をしてほしいです。

②看護師をしてる娘が、一度ワクチンを接種するのを怖いからと拒否したのに、周りの医療従事者が接種し出すと、接種していなのが悪みたいな風潮と、みんな接種してるから大丈夫…という意味のわからない考え方の麻痺で、ワクチンを打つことを決めました。
こんな良くわからないワクチンでも、みんなで打てば怖くないってその考えが怖いです。国は何も補償する気がないのに!

③私はこのコロナ騒動が始まって身近で感染者を見聞きしたことがありません。
まぁ、残り少ない人生ですからワクチン2回目まで済ませました。
知人たちに聞いてみると若い女性たちはかなり不信感を持っているようです。
日本人は熱しやすく冷めやすい。
厚労省の言い回しは役人そのもので無責任体質だと思います、
さすが不祥事のデパートです。
今の政府の発信力では若い人たち、特に女性に安心安全を理解してもらうのは難しいと思います。

④…と言うか、ワクチンそもそも必要かい?
感染しても、現時点で特に特効薬も無く95%近くは完治するんだよ?残りの5%は元々の疾患持ちか高齢者でしょ?
もちろん、だから良いとは言わんよ。

通常の風邪こじらせて亡くなる人も別に珍しくないし、インフル悪化させて亡くなる人もいる。この時期熱中症で亡くなる人もいる。
それとどう違うのかと…。逆に言えば、何故コロナがこんなに特別視されるのか全く理解出来ないがね。
・・・コロナはただの風邪と言っていた立花孝志さんがコロナに感染して入院した。
 そのニュースに対して「コロナ患者を診ていますが、多くの人は軽症で経過して療養期間を終える一方で、立花さんみたいに熱が下がらずにSpO2も低下して療養日数が結構経過してから入院という方もそれなりにいます(まれな例ではないです)。
夜間搬送も1日に1~2件はあるイメージです(東京都内)。
で、その中の何割かは急激に進行して重症化するか、死亡してしまいます。インフルエンザや今までのかぜ症候群ではみられなかった進行状況であることは事実です。多くは軽症で経過するので、過度に恐れる必要はありませんが、今までの風邪とは明らかに違う進行を辿るので事実ベースでは知っておいたほうがいいと思います。”ただの風邪”と表現すると一般の方の認識と乖離が生まれるので。」という医師らしいコメント。

⑤2週間前、うちの会社の65歳のシニア社員の方が個人的に接種され、2日後に突然死されました。既往症なし。2日も経っているため、結果的に、国に報告は上がっていないようです。誰も、何も言いません。大企業なので、あまり書くと会社の人に見つかるし、コメント自体、Yahoo当局によって削除されたりします。もうすぐ職域接種が始まるようですが、私は断ろうと思ってます。私のような契約社員も対象になるみたいですが、もし強制するなら、労働基準監督署に相談するか、いっそ満了を待たずに辞めようとも思ってます。同調圧力のすごい会社です。

⑥2回接種しても抗体出来なきゃ全くの無意味だと周知してくれや。
ワクチンは接種すれば全て解決だと思っている人達が余りにも多い事にびっくり!
抗体出来ても違う型のコロナには感染するんだよ?
インフルエンザの時と全く一緒。
ワクチン打っても罹る人は罹る。抗体出来ていなきゃ重症化もする。

で、このワクチンは他のワクチンのように鶏卵を利用して作ったワクチンではないのね。
余りにも沢山のワクチンを作らなきゃならない都合、遺伝子組み換えで大量生産しているの。
これが具合悪い事に治験も一年程度しかしていない。緊急事態だから。
何の副作用が10年後20年後に出るかわからない。
だから高齢者は接種したければ打てば良いが、子供や若い人に強制してはダメ。
あくまで本人が強く望んでいた場合にのみ接種する事。
日本人の悪い癖で深く考えず皆打っているから私もになるし、皆打っているんだからお前も打て!はやめてね。

⑦今週ワクチン接種をしました。その直後に激しい動悸と血圧上昇になり、基礎疾患があるので独立行政法人の病院での接種でしたから、そのまま車椅子で階下の処置室でベットに移され心電図・血液検査・レントゲン・点滴の応急処置になりました。数時間後症状が安定しましたので帰宅はしましたが、心不全を指す数値が正常値の二倍以上になっており二度目の接種はキャンセルしました。無料のワクチン接種ですが、応急処置代6千円は自腹で仮に厚生労働省に書類出す場合は診断書に更に3千円以上かかります。「接種」すること以外のガイドラインもう少ししっかりしてもらいたいですし、現場では「接種ありき」の一択しかない、これもオリンピックで変異種が増加するからでしょうか?




ワクチン接種後の死亡記事2021年06月13日

ワクチン接種後の死亡事例、因果関係「評価不能」は何を意味する?専門家が指摘する不信感払拭の鍵とは
https://news.yahoo.co.jp/articles/3811675af314a15bdf05051fae979628b66e7477

コメントから拾うと

①ワクチン接種後27時間後にひどい回転性の目眩で救急搬送され入院しました。でも、医師は申し訳ないけど因果関係不明としかいえない。と言ってましたが日常と違う事はワクチンしかないのでそれしか考えられません。入院費かなりかかったので補償してほしいです。亡くなった方は帰ってこないけど認定してご遺族の納得いく回答をしてほしいです。

②看護師をしてる娘が、一度ワクチンを接種するのを怖いからと拒否したのに、周りの医療従事者が接種し出すと、接種していなのが悪みたいな風潮と、みんな接種してるから大丈夫…という意味のわからない考え方の麻痺で、ワクチンを打つことを決めました。
こんな良くわからないワクチンでも、みんなで打てば怖くないってその考えが怖いです。国は何も補償する気がないのに!

③私はこのコロナ騒動が始まって身近で感染者を見聞きしたことがありません。
まぁ、残り少ない人生ですからワクチン2回目まで済ませました。
知人たちに聞いてみると若い女性たちはかなり不信感を持っているようです。
日本人は熱しやすく冷めやすい。
厚労省の言い回しは役人そのもので無責任体質だと思います、
さすが不祥事のデパートです。
今の政府の発信力では若い人たち、特に女性に安心安全を理解してもらうのは難しいと思います。

④…と言うか、ワクチンそもそも必要かい?
感染しても、現時点で特に特効薬も無く95%近くは完治するんだよ?残りの5%は元々の疾患持ちか高齢者でしょ?
もちろん、だから良いとは言わんよ。

通常の風邪こじらせて亡くなる人も別に珍しくないし、インフル悪化させて亡くなる人もいる。この時期熱中症で亡くなる人もいる。
それとどう違うのかと…。逆に言えば、何故コロナがこんなに特別視されるのか全く理解出来ないがね。
・・・コロナはただの風邪と言っていた立花孝志さんがコロナに感染して入院した。
 そのニュースに対して「コロナ患者を診ていますが、多くの人は軽症で経過して療養期間を終える一方で、立花さんみたいに熱が下がらずにSpO2も低下して療養日数が結構経過してから入院という方もそれなりにいます(まれな例ではないです)。
夜間搬送も1日に1~2件はあるイメージです(東京都内)。
で、その中の何割かは急激に進行して重症化するか、死亡してしまいます。インフルエンザや今までのかぜ症候群ではみられなかった進行状況であることは事実です。多くは軽症で経過するので、過度に恐れる必要はありませんが、今までの風邪とは明らかに違う進行を辿るので事実ベースでは知っておいたほうがいいと思います。”ただの風邪”と表現すると一般の方の認識と乖離が生まれるので。」という医師らしいコメント。

⑤2週間前、うちの会社の65歳のシニア社員の方が個人的に接種され、2日後に突然死されました。既往症なし。2日も経っているため、結果的に、国に報告は上がっていないようです。誰も、何も言いません。大企業なので、あまり書くと会社の人に見つかるし、コメント自体、Yahoo当局によって削除されたりします。もうすぐ職域接種が始まるようですが、私は断ろうと思ってます。私のような契約社員も対象になるみたいですが、もし強制するなら、労働基準監督署に相談するか、いっそ満了を待たずに辞めようとも思ってます。同調圧力のすごい会社です。

⑥2回接種しても抗体出来なきゃ全くの無意味だと周知してくれや。
ワクチンは接種すれば全て解決だと思っている人達が余りにも多い事にびっくり!
抗体出来ても違う型のコロナには感染するんだよ?
インフルエンザの時と全く一緒。
ワクチン打っても罹る人は罹る。抗体出来ていなきゃ重症化もする。

で、このワクチンは他のワクチンのように鶏卵を利用して作ったワクチンではないのね。
余りにも沢山のワクチンを作らなきゃならない都合、遺伝子組み換えで大量生産しているの。
これが具合悪い事に治験も一年程度しかしていない。緊急事態だから。
何の副作用が10年後20年後に出るかわからない。
だから高齢者は接種したければ打てば良いが、子供や若い人に強制してはダメ。
あくまで本人が強く望んでいた場合にのみ接種する事。
日本人の悪い癖で深く考えず皆打っているから私もになるし、皆打っているんだからお前も打て!はやめてね。

⑦今週ワクチン接種をしました。その直後に激しい動悸と血圧上昇になり、基礎疾患があるので独立行政法人の病院での接種でしたから、そのまま車椅子で階下の処置室でベットに移され心電図・血液検査・レントゲン・点滴の応急処置になりました。数時間後症状が安定しましたので帰宅はしましたが、心不全を指す数値が正常値の二倍以上になっており二度目の接種はキャンセルしました。無料のワクチン接種ですが、応急処置代6千円は自腹で仮に厚生労働省に書類出す場合は診断書に更に3千円以上かかります。「接種」すること以外のガイドラインもう少ししっかりしてもらいたいですし、現場では「接種ありき」の一択しかない、これもオリンピックで変異種が増加するからでしょうか?




朝一で朝資源ごみ出す梅の雨 拙作2021年06月14日

 朝一でプラごみを出しに行く。玄関に下りると小雨であった。高層階に住んでいると気が付かないのである。さほど濡れることもなくゲージに入れた。プラごみ、紙ごみ、アルミ缶を投函した。

ワクチンの接種券を忘れた?!2021年06月15日

 名古屋空港ターミナルビルでのワクチン接種会場を目指して朝9時半に自宅を出る。予約の時間は11時15分だった。ところが矢田川堤防道路を走っている最中に接種券と予診票を忘れたことに気が付いた。しまった。春日井市などに対応策の電話をしたが、名古屋市民のことは知らないという。ええいままよ、と会場に行って申し出たが、特別な対応はなく、何もせずに帰るはめになった。Pの中から、名古屋市のキャンセル専門の電話にその旨を告げて今日は終わった。また他日を期してやるしかない。
 いったんは事務所に戻り、宗教法人様の仕事の段取りをして、また春日井市へ出かけた。これも今後の流れを打ち合わせて終わる。
 夕方からは岳連のズーム会議に参加。一々不慣れで、また方式を変更されてあたふたした。これもなんとか終わった。
 やはり頭に残るのはワクチン接種のことだ。頭の片隅にできれば打ちたくないという気があるので、忘れ物で打てなくても気落ちはしない。おそらく8月ごろには日本も急変しているのではないか。ならば打たずに済むのだが・・・。

重版の献本を手にビール飲む 拙作2021年06月16日

 先月末、中身を一部改正した『分県登山ガイド 愛知県の山』が送られてきた。しばらく放っておいた。先日、書店のガイドブックコーナーを見たがまだ重版は入荷していないようだ。
 6/20までの緊急事態宣言はもうすぐ終わりそうな気配だが、昨年からのステイホームが続き、越県での不要不急の外出は控えよとのお達しを守ってきたら体がおかしくなった。
 なので私は昨年秋から近場の低山歩きを再開してきた。おそらく他のハイカー、登山愛好家の諸賢もそうだろう、ということはこんなマイナーな愛知県の山のガイドブックが4年ぶりに重版になるほど売れたのである。
 鈴鹿を含む『三重県の山』、名山の多い『岐阜県の山』は以前から重版を繰り返している。みなさんはもう持っているから仕方なく、足元の山を網羅した拙書を買ったのであろう。
 愛知県には全国的に知られた名山は一座もない。強いて言えば鳳来寺山くらいか。あれは徳川の御威光を示す東照宮があるから門前町をなすほど栄えた。深田久弥も登っている。門前町も今は寂れたが山はにぎわっている。
 というわけで、本をサカナにして一人、久々にビールを飲んだ。会食で飲む機会はほぼ失われたし、これから当面は期待できない。一人で飲むしかない。本当はわいわいしゃべりながらやりたい。そんな日が来ることを一日千秋の思いで待つか。

支部報が縁のたよりや梅雨の雷 拙作2021年06月17日

 母校と山岳会の大先輩のSさんのミニ評伝を書いたら結構反響があった。第一に九州のIさんから手紙とお菓子をいただいた。Iさんの要望でSさんの未亡人にそのミニ評伝の掲載された支部報を送ったところ、昨日はお礼のはがきが届いた。
 大量遭難や晩年の病気など「いろいろありましたけど懐かしく思い出された」としたためてあった。昭和8年生まれならば88歳のご高齢になる。しかし、よわいを感じさせない筆圧の効いた達筆のはがきを読むとしっかりしておられる。何よりである。
 反響はまだまだ続き、次号の原稿の校正をしていたら明らかに拙稿に反応した文章があった。しかも元支部員である。そういう古い世代の象徴的な人物だったと改めて思った。みんな若かったのだ。
 外では雷が鳴っている。北の冷たい気流と南の温かい気流がぶつかり合ったのだろう。梅雨晴れ間にどこかの山をふらつきたいものだ。

紅芍薬を見に学能堂山へ2021年06月18日

学能堂山に一輪だけ咲いていた紅芍薬
 学能堂山は三重県と奈良県の県境をまたぐ学能堂山に登った。今日だけ午前中くらいは持ちそうだとの見込みである。最大の目的は紅芍薬の花を見ることにあった。
 午前6時過ぎに天白を出発。名二環から伊勢湾岸道、東名阪道を走って亀山ICで出る。市街地から中勢バイパスへと行くがグリーンロードも走りやすいので変更した。概ね目的地へ向かってゆく。
 懐かしい白山町、母のふるさとであり、親戚も3軒ある。はらからの山村である。そこから美杉村杉平へ向かった。登山口の看板を探しながら行くが見つからず奈良県境を越えてしまった。山麓から見える端正な山容の山は大洞山である。県境は大抵は山脈か河川であるが、ここ杉平を東に流れる伊勢地川は大洞山の南西に食い込む。県境は大洞山の一歩手前まで伸びて、西へと向きを変えている。ちょっと不思議な気がする。
 県境をまたぐことはないのでゆっくり入り口になる車道を行くと道標があった。これが伊勢本街道への入り口だ。
「大和国と伊勢神宮を結ぶ伊勢本街道は、別名・参宮本街道、伊勢中街道とも呼ばれていました。南北朝以後、伊勢国司北畠氏が現在の津市美杉町の多気に館を構え、多くの武士団が居住し初期城下町を形成したことや、伊勢参宮者の増大にともない多くの人々がこの街道を利用したと言われています。現在でも、旧宿場町に残された道標や常夜燈、古い町並みがかつての姿を今に伝えています。」
 伊勢本街道と二股になるところに「岳の洞」への道標が見つかった。これは別名であるが、地元ではこう呼んでいる。
 後は車道を行けるだけ行った。いったんPしたが、歩いてみると、奥に行くほどいい道になるので、車だけ終点まで走らせた。終点の手前にスペースがあり、そこが事実上の登山口になった。
 終点からいよいよ登山道に入ろうとすると2名の登山者と会った。1名はUさんに似ていたので声掛けするとズバリだった。すこしあいさつ代わりに会話をやり取りして別れた。
 登山道に入ったらいきなり急登の連続である。Uさんいわく修行のような道と表現したのもむべなるかな。昨日の雨でぬかるんでいて滑りやすい。途中でもう1名とすれ違った。やっとの思いで県境に達する。標高900mはあり少しは涼しい。
 県境になると登山道も歩きやすい。比高120mほどで登頂。360度のパノラマである。しかし今日は伊勢湾に入り込んだ湿った気流が山を覆い、三重県側が何も見えない。奈良県側の高見山が素晴らしい山容で存在感がある。
 少し休んだ後、紅芍薬を探しに山頂の向こう側へ二手に分かれて散策した。藪はなく、歩きやすいが、花はない。Uさんは一輪だけ咲いていた、という。見つからずに下山したくないな、と思って縦横に歩くと本当に一輪だけ咲いていた。嗚呼,よかった。
 山頂に戻るともうすぐ雨がくるぞ、というので下山にかかった。さすがに早い。喘登の尾根も谷筋もとんとんと下る。車まではすぐだった。
 雨にも遭わず、ヤマヒルにも遭わずに下山できた。帰路は北畠神社に詣でた。かつては伊勢を支配した勢力である。子孫が東北の支配を指示された後の子孫は織田勢に滅ぼされたという。東北で生き残った北畠の子孫は青森県にまでその名がある。
 山の作家・深田久弥の最初の妻になった北畠八穂もルーツはここの出だろう、というのが私の推測である。