岩村忍『文明の十字路=中央アジアの歴史』を買う2021年02月04日

世界史の窓から「トルキスタン」
講談社学術文庫版
内容:
「ヨーロッパ、インド、中国、中東の文明圏の彼方で、生き抜いてきた遊牧民たちの領域が中央アジアである。絹と黄金を運んだ悠久の交易路シルクロード。多くの民族と文化の邂逅と衝突。アレクサンドロス大王とチンギス・ハーンの侵攻……。仏教・ゾロアスター教・マニ教・ネストリウス派そしてイスラムもこの地を経由した。中央アジアの雄大な歴史をコンパクトにまとめた入門書。(講談社学術文庫)


東西の文明交流の担い手=遊牧民族の3千年。東から絹を西から黄金を運んだシルクロード。世界の屋根に分断された東西トルキスタン。草原の遊牧民とオアシス農耕民との対立と共存を軸に、雄大な歴史を描く。」


アマゾンのコメントから
① 「この本が書かれたのは1977年だから、ソ連崩壊後の中央アジアの激動は反映されていないし、欧米列強進出後の中央アジアの近代史は駆け足で簡単に触れてある程度だが、古代から近世に至る部分は通史の概説書としてよくできている。
 中国史の一部として、あるいはシルクロードの東西交渉史として触れられることがほとんどの中央アジア史を、東西トルキスタンに焦点を当てて概説したものは少ないのではなかろうか。現在は東トルキスタンは中国の新疆ウイグル自治区、西トルキスタンはカザフスタン、キルギス、タジキスタン、ウズベキスタン、アフガニンスタンにほぼ該当する。
 東西を分けるものはチベットからつながるパミール高原の急峻な山岳地帯であるため、東西で歴史の経過が異なっている。
 点在するオアシス都市国家と草原を疾駆する騎馬遊牧民の歴史はまさしく「民族の興亡」というにふさわしく、繁栄と没落のダイナミックな展開に興味は尽きないが、著者は定住民と騎馬民族の攻防の局面よりも、交易による平和的共存の時代のほうが長かったという。
 ただ、中国の歴史書やチンギス・ハーンの遠征記、あるいは玄奘三蔵やマルコポーロの旅行記などの史料で埋まらない空白部分の存在があり、まだわからない部分が多いことも記されている。
 ソ連崩壊後の西トルキスタンの諸国家独立や近年の中国の一帯一路政策により中央アジアは政治的経済的に変貌を遂げつつある。近年の研究も踏まえた概説書が望まれるところである。

 原著はやや古いものだが、現代でも十分通用する質の高い内容である。」

以下は「世界史の窓」から
・・・ トルキスタンとは、イラン語で「トルコ人の地域」の意味で、中央アジアのパミール高原の東西に広がる広大な草原と砂漠地帯を言う。この地域をトルキスタンと言うようになったのは、ほぼ9世紀ごろにトルコ系民族のウイグルが定住生活を送るようになってからのことである。それ以前は、パミール高原の西のソグディアナを中心としたイラン系のソグド人がオアシスに定住しながら、東西交易に活躍していた。すでに6世紀にトルコ系の突厥が中国北部からこの地域を含め、西アジアに及ぶ大帝国を作ったが、彼らは遊牧生活を続けており、遊牧国家という性格を強く持っていた。

トルコ系民族の定住

 それに対して、もともとモンゴル高原にいたトルコ系ウイグル人の国家が、9世紀にキルギス人に滅ぼされて、その一部がタリム盆地のオアシス地帯に定住して西ウイグル王国を建ててから、この地域のトルコ化が進み、さらにトルコ系民族は西進して西アジア各地に広がっていった。これに押されて他のトルコ民族(カルルク人など)がパミール高原西部に移住するようになり、この地域もトルコ化が進んだ。
 先住民であるソグド人、サカ人、トハーラ人などのインドヨーロッパ語族のイラン系民族が、定住した支配者であるトルコ人の言語に同化されていった結果、この地はイラン語で“トルコ人の土地”を意味するトルキスタンと言われるようになった。トルキスタンは広大な範囲を指すが、パミール高原を中心にして、その東を東トルキスタン、西を西トルキスタンという。

コメント② 「中央アジアという地域はあまりなじみはないかもしれないが、東は中国、南はインド、西はギリシア、ペルシア、トルコ、北はロシア、モンゴルと接し、古代からさまざま文化、軍事勢力が群雄割拠し、カラフルな彩りを示してきた。世界史の縮図といってもよい密度の濃い歴史の舞台となってきた。

 本書は先史時代から現代に至るまで、この時代の歴史を誠実に描く。アレクサンドロス大王、感の武帝、チンギスハン、様々な英雄が織り成す活劇が展開され、あきることはない。

 この地域の歴史の入門書としては申し分ない。ただし、近年では特に現地の言語資料の解読や、歴史観、歴史理論の進展により、これらの地域の研究はさらに進歩が著しい。さらに研究を深めたいならば、杉山正明、岡田英弘といった名前や中央ユーラシアといったキーワードで最新の研究に進まれることを薦める。」

・・・世界史はモンゴルから始まったという岡田英弘の著作集は揃えてあるがいつ取り掛かれるやら。中央アジアすなわちイスラム社会は世界の中でもっとも分かりにくい地域である。
 中国、アメリカ、ロシアなどの大国が手を焼いて来た。今も中国がウイグル人をいじめているが、歴史的には中国は攻められていた側だろう。万里の長城も外敵から守るためだったが、自らを閉じ込める結果にもなった。
 この一帯は砂漠が広がる。最初から砂漠はあり得ないから、遊牧民の飼う羊により草も根っこから食うために砂漠化したのではないか。さらに煮炊きに使う木材もかつては森林があったと思われるが、伐採のみで植林しなかったから乾燥地帯になっていったのではないだろうか。この地域の自然史も知りたいものである。