恵贈 山元誠句集『春星』(言叢社)2020年10月10日

 台風が反れてくれたおかげで午後から雨が止んだ。部屋に閉じこもっているばかりではいけないので買い物に出かけた。まずはホームセンターでロッカータンスのパイプの支持金具を探した。10月にもなると気温も20℃前後になり肌寒い。それで長袖の服を出そうとロッカーを開いたらパイプの支持具が壊れて衣服が落ちていた。支持具はパイプ受けまたはソケットというらしい。それがプラスチックだったので経年変化と重さでちぎれていた。
 アマゾンにもあるが実物を持って行って直径をノギスを借りて計測してから買った。もう1本ステンレスのセットを購入。これまではフックに掛けていたが多いので1m幅のパイプを付けて洋服などを架けることにした。二つともネジを巻くだけで一汗かいた。
 さて、出かける際にポストボックスに投函されていた書籍小包は近くの喫茶店「コメダ」で開封した。すると立派な句集が出て来た。著者は山元誠氏で、出身は富山市、今は前橋市在住の俳人である。辛夷社所属。これは第二句集になる。立山山麓に生まれて雪の中で育った人だから山岳俳句が多い。近年では海外詠もある。何しろ、実家では父親が前田普羅と交わっていたのである。純粋の辛夷人と言っても良い。明日から徒然に一日一句を鑑賞していきたい。

 以前に書いた「辛夷」に連載のコラム「好句考」の鑑賞文を思い出したので再掲しておこう。

   遥かなるマカルー・ローツェ初日射す    山元 誠

 特別作品「カンチェンジュンガ」の群作の一句。作者はこの年末年始をインドのダージリンに旅した。ネパールとブータンの間に位置する北インドの町である。時々飲むダージリンティーの香りがするような異国情緒を満喫させた作品群であった。
 深田久弥『ヒマラヤ登攀史』によると、カンチェンジュンガが古くから有名になったのは人間の住む所から一番近くに聳えていたからという。直線距離にして50kmほどというから呉羽山から立山間にほぼ等しい。
 インドの暑熱に倦んだ人達は保養にやってきて、未明のタイガー・ヒルに登り、空高くバラ色に輝く荘厳なカンチェンジュンガの威容に接する、という。2590mから神々の座を仰ぐように眺める。まして初日出であるから作者の感動たるや筆舌に尽くし難い体験であった。
 掲句には筆者の所属する日本山岳会東海支部に縁のある山々が詠まれている。70年にマカルー東南稜から初登攀。06年に田辺治らがローツェ南壁の冬季初登攀を果たす。田辺はヒマラヤに通う理由をただ美しいから、と答え、今はダウラギリの雪の中に眠る。山は訳もなく美しいのだ。  2016.5.3 2016年5月号「辛夷」から