門玲子『玉まつり』購読2020年06月17日

あの深田先生が何故・・・ 復員後の深田久弥が志げ子夫人と暮らした大聖寺・金沢で親しく夫妻の謦咳に接した著者には、思いがけぬ深田の噂は大きな謎となった。 作品を丹念に読み解くことで昭和文学史の真実に迫る。久弥、八穂、志げ子への鎮魂の書。
幻戯書房刊。2020.5.24

表紙は富士写ヶ岳

副題
深田久弥『日本百名山』と『津軽の野づら』と

門玲子(ウィキペディア)

門 玲子(かど れいこ、1931年3月24日[1]- )は、日本近世文学研究者。
石川県加賀市大聖寺生まれ。1953年金沢大学文学部卒。1980年『江馬細香 化政期の女流詩人』で第8回泉鏡花記念金沢市民文学賞受賞。1998年『江戸女流文学の発見』により毎日出版文化賞受賞。江馬細香など近世の女性漢詩人、只野真葛など近世の女性思想家について研究している。

幻戯書房NEWSから
 
深田久弥と同郷で、復員後の深田と身近に接した著者が、当時を回想し、深田と北畠八穂の作品を丹念に読み込み、昭和文学史の真実に迫る、鎮魂の長篇エッセイ。

●本文より
 深田は長患いの八穂のためにさまざまに心を砕いている。上林暁の《この夫婦は辛い夫婦だつた》という言葉が思い合わされた。

中日新聞書評
深田久弥の謎 読み解く 同郷の門玲子さん 長編エッセー出版
 石川県大聖寺町(現加賀市)出身で「日本百名山」の著者として知られる作家深田久弥(きゅうや)(一九〇三〜七一年)。戦前は鎌倉文士として名をはせた深田が、戦後は大聖寺や金沢市で七年半を暮らし、「山の文学者」となっていったのはなぜか−。同郷の出身で、久弥と妻志げ子とも親交のあった女性史研究家の門玲子さん(89)=愛知県大府市=が、作品を読み解きながらその謎に向き合った長編エッセー「玉まつり 深田久弥『日本百名山』と『津軽の野づら』と」(幻戯書房)を出版した。(松岡等)
 東京帝国大在学中に改造社の編集者となった深田は、懸賞小説の下読みで、後に作家、詩人となる北畠八穂(やほ)(一九〇三〜八二年)の応募してきた作品「津軽林檎」に才能を感じ、八穂の住む青森まで出向く。
 結ばれた二人は、千葉・我孫子、東京・本所、鎌倉と移り住み、深田は文壇で頭角を現していく。しかしその出世作ともいわれる「津軽の野づら」に収められた「あすならう」は「津軽林檎」を元にしており、当時発表された作品のいくつかは八穂の下書きを元にした「共同作業」だった。
 また深田は、初恋の人だった志げ子と再会し、鎌倉でカリエスに悩まされていた八穂を残して、志げ子との間に子をもうける。出征した中国から復員後、深田は文壇を離れ、志げ子との間に生まれた子どもたち家族と故郷に暮らしながら国内の山々に登り、ヒマラヤの文献などを集めて読み込み、「山の文学者」となっていく。
 八穂は深田と離別後に作家として独立。やがて戦前の深田名義の作品の多くが八穂の下書きした作品だったと主張し、それが通説のようになっていく。しかし門さんは、八穂が戦後に自身の名前で発表した作品群にみられる独特の比喩や詩的な飛躍のある文章を読み込み、深田の理知的な作風と比較。「津軽の野づら」「知と愛」「鎌倉夫人」など、八穂が自作であるとする少なくない作品は深田自身のものではと示唆する。
 金沢で暮らしていた間、文化人の中心にいた深田が「僕の心の中に七重に鍵をかけたものはあるが、その他はすべてオープンだ」と語っていたのを聞いていたという門さん。「深田自身は(八穂とのことについて)一言も弁解をしていない。地元の大聖寺でも、深田の傷のようにそっとしているのではないか。しかし、それでは(八穂が主張したことだけが)事実になってしまう。自分が感じたことは書き残しておかなければ、という気持ちを持ち続けていた」と語る。
 書名の「玉まつり」は、松尾芭蕉が寿貞尼をしのんで詠んだ「数ならぬ身となおもひそ玉まつり」から。志げ子さんとの会話の中でふいに出たその句に「ほのかな表現に哀れふかい弔いの心」を感じ取ったという。
 本書は、深田と八穂が暮らした鎌倉と我孫子を訪ねた紀行文で締めくくられる。二人に縁の場所を歩いた旅は、深田が生涯明かさずにいた思いを、門さん自身が納得するためだったようにも読める。
 四六判、二百二十六ページ。二千八百円(税別)。

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