名城の堀に水脈引く残り鴨 拙作2020年03月15日

西日を受ける名古屋城の西北隅櫓
 きんしゃちブログによると「名古屋城のお堀は本丸の北側と西側が水堀、南側と東側が空堀となっているのが特徴。南側には武家屋敷が立ち並び、本町通りを通り熱田神宮まで城下町が続いていた。北側にある水堀は仮想敵は北から攻めてくると想定して名古屋城が造られたことを物語っている。
 敵を防ぐためのお堀ではあるが、水が干上がってしまっては意味がない。しかし江戸時代に築城されてから今日までどんなに猛暑だろうとお堀の水が干上がってしまったことはない。」という。それでお堀が広くしてあるのだ。
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 地形図を見ると、隣は庄内川をへだてて北西に清須市がある。江戸時代初期に清洲では西から攻められたら危ないので商人ともども清洲越でここへ引っ越したんですね。

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