国境の島・対馬の山旅③観音岳と姫神山2019年12月30日

 昨夜のうちに考えたのは今日も天気がよくないので、とりあえず超低山の観音岳をやることにした。139mのミニだが1等三角点がある。しかも登山道がない。しかし所詮は比高140mに満たないのだから何とかなる。と、オテド(落土)を目指す。美津島町と豊玉町の境に来たら右折、すぐに右折して小さな峠を越すと見世浦に着く。行けるところまで行くがオテドへの入り口が見えない。戻ってまた来てみるとバス亭の「落土」が目に止まった。ここを入ると小さくのり越す。着いたところが細い入り江が食い込むオテドだった。マイカーは空き地に止めて、北へ湿地帯を奥へ行くとテープ類がぶら下がる。右手の北東の林に入り小さな鞍部を越える。ここからは海とは小さな自然の堤に囲まれた草地(夏は湿地)の中の踏み跡とテープを追う。さっきと同じ北東に林を分け入る。ここも小さな鞍部があり、右にもテープがあるので違うとは思うが行ってみたら小さなコブだった。海がよく見える。そして北を見ると目指す観音岳が尖がっている。鞍部に下り、前衛に向かうがかすかに踏み跡はある。まずは高いところへヤブコギで登った。すると潅木の切り開きがあるのでそれをたどると目前に観音岳が見えた。切り開きをそろそろ下って鞍部から急登すると山頂だった。10寺30分に出発して約1時間かかった。
 対馬の中間にあり、北の平岳、南の有明山と結ぶ三角測量の基幹である。沖ノ島(一ノ嶽:宗像市243.6m)と有明山、平岳で△網になる。観音岳は補点かも知れません。
 下山は比較的踏み跡がよく見えて早く下れた。上陸第一号なのでこのまま帰るのも詰まらないのでオテドを散策してみた。近くの家は留守らしい。最奥まで行くと、Oさん宅で行き止まり。入り口の戸が開いていたので声をかけたら奥さんが出てこられた。
 今、観音岳に登ってきたばかりです、と自己紹介。すると奥へ観音岳に行ってきたそうだよ、とご主人に声をかけていた。出てきたご主人は如何にも海の男らしく赤銅色の顔だった。島津亜矢の歌「海鳴りのうた」に出てきそうな漁師さんであった。しばらくは観音岳談義になった。曰く、以前に行方不明騒ぎがあったこと、途中の電信柱は自分等が工事したこと、その柱にしたがって行けば行けるが忠実に行くと長崎鼻へ行ってしまうとのことだった。
 観音岳談義が終わると、家族の話に移った。愛知県から対馬の山に登りに来たんです、と言うと内の息子もみよし市に住んでおり、アイシンに勤務しているとのことだった。みよし市なら私の自宅からは近いね、と。じゃあ、もうこの家には帰らないね、1人10万円はかかるからな、と。しかしこの家は残してくれと(息子は)言うそうだ。夏になれば孫たち19人が帰ってきて目の前の浅瀬で海に潜って遊ぶとか。
 このオテドも昔は20軒あったが今は2軒だけ残った。いずれ限界集落として立ち退くことになるだろう。しかし、あそこの海で20m潜ってあわびを採ったとか、台風が来ると屋根まで波がかぶるとか、そんな野性的な生活はできまい。都会生活になるとトイレの水も有料になる暮らしになる。自然から遠ざかるなんて耐えられないだろうに。もう70代になるとか、島津亜矢の「帰らんちゃよか」の歌を思い出す。
 そこまでで世間話を打ち切ってオテドを後にした。姫神山の砲台跡を見学して宿に戻った。いい一日だった。

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