みちのくの山を漂泊・・・書籍編2019年05月22日

 4月末から5月中旬にかけて、青森県一円の山旅と南東北の山旅でほぼ2週間を費やした。帰宅後は一度は読んだ本を反芻するかのようにまた読む。新たな本も漁って読む。
 司馬遼太郎の『街道をゆく』シリーズの「北のまほろば」、「羽州街道ほか」、「陸奥のみち ほか」、「会津のみち ほか」で東北は網羅される。このなかには司馬さんの人物像と歴史観が混在し、わかりやすく、あるいは難解にディープな見解が述べられる。
 例えば、その中に、菅江真澄、上杉鷹山、蒲生氏郷、松平容保などが出てくるから関連の書籍をまた読む、といった具合で、鶴ヶ城のPの脇にあった司馬遼太郎の文学碑の「最後の藩主、松平容保を描いた小説「王城の護衛者」」も読まねばならない。
 特に福島県は海に面した県のイメージが強くある。そのために会津はどこの県との意識もなかった。今回は裏口から福島県入りしてみた。地形図を眺めてはため息をついてきた福島県の会津地方。それでその西に食い込んだ県域の広さと山の深さを実体験できたのだ。
 井上ひさしは「福島県は東北じゃないんです」と言ったというが、実際に実感する。しかしそうとも言い切れない。3000級の山こそないが、日本のもっとも深い山岳地域である。
 今回は会津磐梯山に登れたことが大きな収穫であった。実はこの山は2回目で、30年前にスキー登山で挑んで撤退した。どこから眺めても磐梯山は存在感がある。会津は磐梯山あってこその盆地であろう。
 乙川優三郎の小説『脊梁山脈』も木地師が主役で、長野県売木村と東北の木地師の山村を舞台に戦争に翻弄された運命の不思議を描く。脊梁とはまさに木曽山脈の末端にあたる売木村であり、奥羽山脈のことだった。また読み返してみたい本である。東北の山村へ、名山でもない山へと誘う。

 長い山旅でしばらく事務所へ行っていないので今日の午後は雑務処理に時間を割く。