鶏毟るべく冬川に出でにけり 飯田龍太2018年12月30日

 今日は12月30日。晦日、三十日でみそかと読む。明日は1年の最後なので大晦日と言う。
 ところがブログで「大晦日の意味を知っている?由来と歴史から学ぶ、大晦日の過ごし方」を読むと
https://www.homes.co.jp/cont/press/rent/rent_00371/
がヒット。
 「実際の日付が30日でなくとも毎月の末日を「晦日」と呼び、晦日の中でも1年を締めくくる12月には大をつけて「大晦日」と呼んでいる」そうなのだ。実際は今日は晦日ではないことになる。
 まあ良いか。

 今朝も寒い。みかんが1つ腐った。暖房のある部屋から窓際の寒い部屋に置いて保管したが。買い込んだ食品をそろそろ食べて行かねばなるまい。朝から蕎麦にする。鶏肉も切り刻んだ。そして汁は鶏がらである。これは最近スーパーで2個買って冷凍しておいた1つを取り出して、大鍋に入れて昆布と冷凍した椎茸を熱湯で煮る。あくをすくい取って醤油で味付けして出来上がり。
 調理の間に古新聞紙を水に浸し、柔らかくしてちぎって床に落とす。そして箒で隅から隅を掃く。綿ぼこりを吸い取って水ぶきするようにきれいになる。昔ながらの掃除のやり方である。

 この年末イベントで思い出すのは掲載の俳句である。この句があるから竜太ファンにもなった次第。加えて、前田普羅と父蛇笏との交遊も子の目で観察していた人だった。

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飯田龍太さん死去
http://koyaban.asablo.jp/blog/2007/02/28/1216538

 今、読み返すと結社の主宰者は句を詠み、選句して、講評と観賞文を書くのは当然のことと思う。そして人気俳人たるものは書けることが最低の条件になる。書くことで文人としての付加価値が生れる。
 今年死去した金子兜太さんも一風かわった句風で存在感を示したが、一般大衆向けに論考、評伝、入門書などを書いた。中でも一茶や山頭火の評伝は一頭地を抜く。ムック本にも盛んに露出した。これはメディアによって増幅された虚像でもある。
 さかのぼると書ける俳人として、石田波郷、能村登四郎、山口誓子、森澄雄、高浜虚子、正岡子規、河東碧梧棟など多士済々の俳人が浮かぶ。最近の新人では夏井いつきや長谷川櫂が良く書いている。