被災地のゴミの仕分けに汗しとど2018年07月15日

グランドの片隅に寄せられた被災ゴミの山
 高齢者の身で微力ながら関市の災害復旧のボランティアに参加して大いに汗を流して来た。
 7月14日の午前5時起き、朝食をしっかりとる。6時半に自宅を出発して、東名・名古屋ICから名神の小牧ICを経て、R41、R248を経由して関市入り。わかくさ・プラザにあるボランティアセンターに着いたのは7時半でした。自宅から約60km余り。8時前というのに受付には3列にそれぞれ20人が行列中でした。前の人に聞くと豊田市から来たという。
 8時きっかりに、受付開始、続いて保険加入(500円要)の手続き、振り分けして、女性1人を含む10人の班編成、新潟県の経験者がリーダーになり、私ともう1人が車を提供、2台で中之保(平成山の登山口)にある武儀事務所へ。さらに7km奥の中之保川の上流にあるグラウンドに山積の臨時のゴミ集積場で、木質系、プラスチック系、燃えるごみ、金属系、がれきなどに仕分けする仕事を割り当てられました。
 猛暑の中、リーダーの的確な指示で15分やって10分休憩をとりながら進めました。マスクも滴る汗ですぐに濡れるほどなので、水分補給に努めました。着衣は登山用の吸汗即乾機能のお陰で不快感はなかった。軍手は濡れモノには不快で、山用に買った皮手袋がグリップが良く使いやすかった。テムレスのような手袋も良い。
 ごみの中は衣類は腐敗が進んで臭いが強い。おそらく細菌類もあるので終わるたびに手を洗った。
 山積していた燃えるごみ山も午後には仕分けられた山が高くなり、2時頃には終了。がれきの片付けに移りました。こんな仕事は人海戦術が威力を発揮します。
 水を含んだゴミはとても重い。燃えるごみの山が高くなると放り上げるので腰に負荷がかかる。昼の休憩は冷房の効いた事務所の2Fに移り、昼食をとった。固いフロアに寝て腰を伸ばすと気持ちが良かった。
 仕事が終わって事務所を出るとき、上之保から救急車が来たので熱中症の人がいたかも知れません。国道の気温表示は37℃でしたから猛暑です。岐阜県の内陸部は暑い。
 道中では、コンビニも浸水して店は台無し、清掃中でした。津保川の竹林には上流の倉庫がやられて流出した白いプラスチックの紐が大量に引っかかっていた。その高さを見ると、水位が異常に高かったことが想像されます。
 復旧作業はまだこれからです。被災者の方々には辛い日々ですが、がんばって欲しい。
 リーダーの新潟県の人は仕事で茅野市に居るが、高速で駆けつけてくれ、岐阜市のホテルに泊まっての参加でした。頭が下がりますね。
 4時前にはボランティアセンターに戻って報告。帰名した。帰路の高速道路は武儀事務所で高速代が無料になる手続きをしてあったので、東海環状道・富加関ICから名古屋ICまで2700円を無料で利用できた。帰宅後はすぐに汚れたものを洗濯した。
 7月14日の夜9時には小秀山の沢登りに出発の予定でした。長野県側に回り、王滝川支流白川のコヒゼ沢を遡行し小秀山に登るのです。ところが、関市北部の水害、下呂市の水害で高山本線も不通、東海北陸道も北部で不通のニュースに連想を働かせて、東にある王滝村の道路情報をググると、村道決壊のニュースです。滝越は登山口の手前にある最奥の集落ですからこの道路を断たれたら中止しかない。調べずに行っていたら足止めを食らうところでした。
 とりあえず集合場所で会って中止を決めた。近くの居酒屋でアルコールなしのビールで乾杯して中止を慰めた。