小津安二郎生誕110年!2013年09月11日

数々の名作が生まれた無芸荘
 今朝の朝日新聞地域総合版22に生誕110年小津安二郎監督 上が掲載された。執筆者は小津ネットの藤田明氏。テーマは小津と戦争のことである。
 「だが、戦争の影も見せない「晩春」(49年)の後、「麦秋」「東京物語」では原節子の役などに戦争の影を伴わせたのである」という藤田明氏の論点は明解である。
 「東京物語」では戦死した次男の嫁役の原節子は籍を抜かないまま戦争未亡人であり続ける。一方で他の映画では戦争未亡人が口紅を塗って色気を出している云々のセリフが出てくる。あれじゃ、あいつも浮かばれないよ、という、戦友のセリフに小津の皮肉がこもる。いずれの映画も戦後10年くらいだから癒されている人は居なかっただろう。
 小津はまたこうも言った。戦後の映画に多い反戦という言葉を嫌った。これ見よがしの皮相、表装的な言葉を信じなかった。映画の中で反戦を主張するのではなく、人物を丁寧に描けばいい、と。
 例えば、『小津安二郎新発見』(講談社+α文庫)のP8に「社会性がないといけないと言う人がいる。人間を描けば社会が出てくるのに、テーマにも社会性を要求するのは性急すぎるんじゃないか。ぼくのテーマは”ものの哀れ”という極めて日本的なもので、日本人を描いているからにはこれで良いと思う。」がある。
 小津の映画には戦争を直接批判するセリフは出なかったように思う。人をして語らしめる。「東京物語」の終盤で「私ずるいんです、(貞淑そうに見えるが)いい人ではない」と原節子扮する戦争未亡人は言い、笠智衆扮する義父は「好きな人が居れば自由に(結婚)していいんだよ」と優しく諭す。二人をこんな会話に追い詰めたのは戦争である。充分な戦争批判になっている。ここが藤田氏がいう戦争の影である。
 小津はこれからも忘れられることなく語られ続けるだろう。
 次回は9/25掲載。

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