雪の東海自然歩道を歩くー神海駅から華厳寺まで2012年01月03日

   遠山は濃尾はるかに初伊吹
 樽見鉄道はJR大垣駅から始まる。重々しいディーゼルエンジンをうならして美濃の平野をゆっくり走る。各駅停車して一人降りてはまた乗る人もある。本巣駅で乗り換える。ここからは極端に乗客が減るのかな。住友大阪セメントの採掘場の煙突から白煙がまっすぐ上がる。正月も操業中なのか。
  乗初や樽見鉄道乗りに来て
 美濃の平野を脱して、この辺から根尾川に接近して走る。川底も見えるほど透き通る。川沿いに走り、小さなトンネルをくぐると木知原=こちぼらに着く。根尾川が最も狭まるところだろう。ちらほら程度だった雪もぐんと増えた。沖積平野は一面の雪景色である。
 谷汲口駅を経て次が神海駅になる。空は鉛色に曇る。心なしか北陸の一角に来たような錯覚である。寂しい風景に胸に孤独感が募る。神海駅で下車するとディーゼルカーは北へ走り去った。かつてはここが終点だった。
 ここからはいよいよ歩くことになる。道路脇にはクリスマス寒波以来の雪が残っている。年賀状を配達途中か回収かは知らないがバイクの配達人が缶コーヒーで一服していたが彼が去ると人影は全くない。
 うるさいほどあると思っていた道標は一つもない。地形図を見ながら道路を歩き、適当に小道に入り根尾川を渡る橋に向かう。小道は大きく迂回するので線路伝いに踏み切りまで歩いた。子供の頃はよく歩いたものだ。ローカル線は郷愁がある。
 橋を渡る。初めての道標で確認して、右折する。しばらくは道沿いに歩く。近くの藪からチャチャという鳴き声がする。これがウグイスの笹鳴きだ。春になると美しい鳴き声のウグイスも今は地味な地鳴きである。
  笹鳴きや今は我慢と思ふべし
 やがて沖野という小集落を通り抜けると稲荷神社がある。地の人が3人、焚き火を囲んで談話中だった。ここでお参りさせてもらった。こんな小さな社でも正月は格別に清められて厳かな気分になる。道は行き止まりとなり山道になる。地形図では尾根に向かって破線路ががあるが入ってみると枯れ枝、倒木、折れた木で荒れ気味だった。雪も深くなった。一旦高まってまた車道に下ってしまった。このルートは廃道らしい。
 道標をみて、また車道を歩くと小さな谷あいに入ってゆく。周囲はスギやヒノキの植林山である。だからこその林道であろう。道沿いには柿がぶら下がっている。同行の人がかじると渋いという。誰からも見向きもされない。昔は焼酎で渋を抜いて食べたはずだが。
  誰がために山に実らん木守柿
 林道は全面雪で埋まるようになった。そのたびに足を取られるのでストックを出してバランスをとった。すでに12時となり、昼食にする。谷川の左岸から右岸へ、また左岸へと登って大きく迂回する。両岸から山が迫り、雪も深い。およそ20センチはあろうか。道標をみて高みに向かう。小さなジグザグを経て淀坂峠に着いた。するとそれまでは聞こえなかった華厳寺の鐘が響いててきた。
 休む間もなく急になった坂道を下る。谷沿いのやや荒れ気味の道を下ると妙法ヶ岳への分岐に着いた。ここで13時となり、往復2時間をかけると時間切れを思う。日の入りは16時50分ころ。帰りの足も不確かなので登頂は割愛する。
  華厳寺の手前で携帯電話がなる。聞くと実弟から知人のOさんの遺言書の相談の伝言だった。
  初電話いきなり問わる遺言書
 華厳寺に着くと凄い人出だった。本堂は底が抜けるほど参拝客が登っている。近くの鐘楼は順番待ちで行列ができている。観光地並みの賑わいである。本堂を仰ぐだけで下山を決めた。
  山好きは峠越えして初詣
 参道は善男善女で埋まる。土産物店が並ぶところも往来する人がひっきりなしに来る。店を除くと席は埋まり気味であり、パスした。車道が近づくと車が駐車場待ちで並ぶ。遠くまで車が渋滞する。農家らしい家の軒には干し柿が簾のように垂れている。
  冬日和すだれのやうな吊るし柿

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