東濃・焼山の笹藪の海に敗退!2011年11月30日

 午前3時起床、3時半出発、瀬戸市のK氏宅でW君と合流。4時半、K氏の車で登山口に向かう。瀬戸市内はまだ暗いが地理勘のあるK氏は国道とはいえ、R363の曲がりくねった道をすいすいと運転する。
 やがて中津川市の阿木地区。阿木川をまたいで右折し、阿木川に沿って登ると風神神社である。まだ薄暗いがトイレタイム。もう神様は出雲からご帰還されたはずだが人影は無く、閑散としている。
 さらに奥へと走るとゲートで行き止まり。かつては槙平まで車で行けたのだが。ここで身支度して出発。6時10分。約850mから900m付近。
 未舗装の林道を坦々と歩く。眼下には阿木川源流の流れが白い。あくまでも澄み切った水である。6時半になってようやく空が明るくなる。
 槙平へは6時50着。1088m。懐かしい。ここからロクロ天井や天狗森山、橋ヶ谷山に登った。今は左天狗森山、右焼山の道標もあるがもちろん登山者向けではないと思う。
 7:00丁度出発。1233m地点の橋を探るが手がかりは無い。7:40。少し戻って目処をつけた「歩道入り口445」から入ってみる。実は登山記録はあまりない。W君がインターネットで検索してくれたが基本的には手探りの山である。
 私はかつて恵那山登山口から奥の上手山峠から笹の海を辿って登った。辛うじて踏み跡やテープが残っていた。ここはそんな人跡すらなく、営林用歩道を行けるだけ行ってみるという戦略である。
 歩道は幸いに続いていた。沢を3度跨いだ。1233M付近から林道に並行しながら沢の上部に沿って登る。最初の沢を跨ぐとがけ崩れがあるが1413Mの標高尾根の檜林を経て雑木林の拡がる山腹を登る。ここもまた沢に沿うように登ると何気なく沢を跨ぐ。1450M付近の一帯は落葉松林の疎林となり、8:40に最後の沢で休み。
 8:55。沢を出発するとすぐに急斜面の尾根を攀じ登る。長めの蛇が日向ぼっこをしている。穴に入って冬眠する季節をすぎてもうろうろする蛇を穴惑いという。秋の季語であるがまだこんな時期でも冬眠に惑っているのだ。今年はやっぱりおかしい。
 急登するとトラバースになり、尾根を巻く。1628Mの標高点のピークの山腹1550M付近を巻いている感覚である。ここらから切り分けが怪しくなる。踏み跡を探るように笹を分けていく。緩やかな沢状の地形では水分が多いせいか笹の丈が高い。そのためしばしば踏み跡を見失う。沢から離れるとまた不明瞭ながら踏み跡が出てくる。
 1550M付近の等高線に沿うように笹の海のトラバースを続けると1630Mのコブからの南下する尾根へと切り分けが下ってしまう。どうやら下部で見た分岐のところへの戻るようである。
 10時10分、切り分けはここまでと判断できたのでまず1630Mのコブに笹を漕いでのぼる。尾根上に防火帯の切り開きがないかと期待したがない。仕方なく笹を漕いで登る。標高点1650Mのコブは天然檜や針葉樹の影で藪が薄いので楽に越えられた。しかし、もう後は笹を漕いで登るのみであった。
 焼山手前の1690Mのコブで12時10分となり、登頂を打ち切った。およそ6時間の登りであった。コブの頂上は笹の海で腰を下ろす場所も無い。笹が一部枯れていたのでそこで休んだ。
 周囲には鯨のような恵那山の巨体が横たわる。ロクロ天井は三角錘の立派な山容に見える。至福の頂上というわけには行かないがなぜか異口同音に満足という。
 12時40分小春日和というにはもう寒い「頂上」を後にした。ゲートに着いたのは15時半。日没が迫る。16時ゲートを出る頃にはもうヘッドライトを照らす。
 k君の希望で岩村のカステラ屋に寄る。松浦軒本店である。団体客が出て行って入れ替わりに入った。小さいが人気がある店のようだ。長崎に伝わるポルトガルからの製法そのままに伝えるという。やや歯ごたえがあってフツーの食感のようなスポンジ風ではない。能書きは以下のHPで見て。
http://matsuhon.enat.jp/
 松浦という名前もいかにも長崎っぽいがここは水がいいのだという。お茶も美味いので尋ねるとやはり水がいいという。確かに焼山の水も美味しかった。その伏流水に違いない。山にもお味にも満足でした。