信州・ふるさとの富士紀行②会田富士1139m2011年08月13日

 朝方はひんやりした信州らしい山国の冷気も午後に近づくと猛暑である。それでも名古屋辺りとは一線を画すからっとした乾燥した暑さである。
  午前中に無事に高社山を終えてまずは一座を落とした。次は筑北村の会田富士こと虚空蔵山である。
 再び中野市街に走って給油を済ました。そこから信州中野ICに入り、麻績ICまで走る。R403に入り、南下する。長野道と篠ノ井線が束になる山間の要衝である。R19は山を隔てて西側の犀川沿いに走っている。どこを通過するにも難関の工事であっただろう。
 R403を走っていると道の駅があるので昼食を兼ねて休む。この食堂では地元で採れた野菜のてんぷらとよく捏ねられた手打ちうどんを賞味した。うどんは良く噛まないと食べられないほとしっかりしている。その上にてんぷらの美味しいこと。新鮮野菜の旨味が凝縮されている。元気が出る食事に満足した。
 JR西条駅を左に見て、R403が長野道の高架下を潜って別れるところから直進して虚空蔵山にぶつかるように走る。西条駅辺りは東条川の沖積平野が作った山間の小盆地であった。R403はここから複雑な経路を辿る。実は別所川の沖積平野の末端に越えるのだ。そして傾斜の緩い山間の棚田が展開する山村である。西村、東村があり、上町、中町、本町が点在する。源に近いところには乱橋がある。みだれはし、ともらんばしともいうらしい。
 検索すると「旧・本城村の南端の集落で、中世の城下町から江戸期に北国西街道の宿場町として栄えた会田宿と対峙する、同街道の難所虚空蔵山「立峠」北麓の集落が乱橋です。

地名の由来は定かではなく、「阿陀の橋」「みたらし」などとも記されており、一時はその地名を嫌ってか、反対の「静橋」とした時期もありましたが、長続きはしなかったようです。

周囲を山に囲まれ、どこへ出るにも峠越えが必要な集落です。主な峠に牛峠、花河原峠、中峠、立峠、古峠、風越峠などがあります。立峠は北国西街道で、最古の峠道とされる古峠は古代官道であったと言われています。そして現在、風越峠が県道として継承され交通の中心となっています。
また集落の西側山中を長野自動車道が立峠トンネルで通過しています。

乱橋は本城村の中心部である西条と共に、北国西街道の正式な宿場町では無く、峠越えの間の宿の扱いでしたが、難所を控えて賑わったようです。
集落は平坦部の本町に始まり、ゆるやかな勾配で中町を過ぎ、立峠へ向けて急峻な斜面に形成された上町からなります。本町・中町には伝統的な商家などの家並みが連なり、往時の面影を色濃く残しています。また急斜面の上町には茅葺き屋根の民家(現在はトタン葺き)が中心で、地形の変化と家並みの変化が興味深い集落でした。

乱橋と会田間は舗装された林道で結ばれており、車での通行は可能ですが、立峠ではなく隣りの花河原峠のルートとなります。」
 その通り。この山間地から出るには峠しかない。しかも4箇所もある。うち3ヶ所は虚空蔵山に集まっている。立峠(破線路)、花川原峠(幅員の狭い道)、風越峠である。風越峠には立派なトンネルが通過しており、会田川側に出た。会田とは虚空蔵山の南西尾根の末端の地名である。
 下り始めてすぐに林道支線に入った。堆肥の工場を横に見て行くと登山口がある。ようやく着いた登山口である。正面には鳥居、脇には岩清水が湧いている。左にも道があるがAさんはもう鳥居を潜って登っていく。やる気満々である。しかし、急斜面などという程度ではない。梯子を登るような錯覚をする。自然石を積んだ石段はあるが整備されないせいで荒れている。よろけると数mは落ちそうだ。ゆっくり慎重に歩を重ねる。
 すると右手に大きな岩屋が見えた。ここが虚空蔵菩薩が祀られた岩穴らしい。古びた社務所があるが戸も壊れかかっている。そこには登山口で左に反れた道が上がってきていた。そこの方がよく踏まれている。どうやら登拝の道は廃道のようだ。
 いい山道を辿ると急だがぐんぐん高度が上がった。やがて1時間もしないうちに山頂に着いた。緑の山上にカワラナデシコのピンクの花が咲いている。山頂からの展望はない。ここはかつては山城だったようだ。
 『信州百山』(信濃毎日新聞社 昭和46年)によると会田小次郎なる豪族ののろし台ともある。ふもとの会田宿はかつては北国西街道と江戸街道の交差する交通の要地だったそうだ。旅人の目にもこの虚空蔵山は目に付き、会田富士の名を欲しいままにしたのだった。
 ”木曽路はすべて山の中である”、と藤村は宣言したがここも嶺間と呼ばれていた。今は高速道が貫通し、鉄道もそれて時代から取り残されたような寂れた山間の地である。諸行無常を思う。
 再び、長野道を走る機会があれば明科トンネルを抜けて、立峠トンネルへ入る一瞬の時間(2~3分)に西ノ宮辺りから虚空蔵山を見て見たい。
 下山後はR143に出て地蔵峠、青木峠を越えて青木村に入った。宿の予約はない。3時過ぎになって、(車中泊、テント泊でもいいがと思いながら温泉旅館は無理としても)駅前ホテルに電話するとチエーンホテルが取れた。山旅はどんなことになるか知れない。だから予約はし難いのだ。疲れた山旅人を迎えてくれる宿はありがたい。

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