北アルプス・赤木沢を溯る2010年08月25日

 昨年9月中旬の上ノ廊下の遡行に続いて薬師沢出合いから黒部源流を遡行していった。赤木沢よりも黒部川の方が困難とはそのとおりであった。出合いの手前で少し困難なところがあって手間取った。
 そこを突破すると穏やかな流れに戻った。誰が表現したか、ナイヤガラの滝もどきの横長の滝が見えて記念の写真を撮って遊んだ。すぐに赤木沢である。源流の半分ほどの川幅の沢に入るといきなり滝、滝、滝の連続で愉しいったらありゃしない。しかもみな直登できる。
 それに周囲の樹林が低くて太陽の光を目一杯注がれて明るい。源流が黒木の覆う暗いイメージと対照的である。空の色はあくまでも青い。澄んでいてもう秋の青である。高山植物も若干はあるがそれに見入っておれない。ジャブジャブと歩けるナメは涼しさを満喫させる。
 中盤に来た辺りでは高巻きができるのだが一旦水に浸かって岩のガリーを攀じるルートにこだわった。Fさんがリードし、後続をザイルで確保する。基本に忠実な方法である。ザイルの確保はなくても良さそうだが転落したら前途は厳しい。着実が一番だ。
 最後の段階で35mの大滝に着いた。過去に転落事故死が2件あったという。しばらく下から眺めて高巻きルートに入った。長くて厳しいルートだが何とか踏み跡があり上部では木の根、笹も出て確保できた。巻き終わると滝の上へトラバースするがつかまるものが何もない。多分ここで転落したと思われる。薬師沢の小屋の人はやれやれと思って油断されたんでしょうね、ということだった。
 無事に通過すると沢は一段と狭くなり、水量も減った。ポットホールのような水溜りではFさんが湯船のように浸かって遊んでいる。Kちゃんも真似して浸っている。沢遊びの醍醐味である。
 やがてフィナーレを迎えると沢は2分、3分して狭まり、ついに水も尽きた。中俣乗越へ向かって沢から上がり草つきに出た。沢シューズでは滑りやすいので沢装備を解いた。そしてしばしの休憩タイムを過ごすが周囲には北アルプスの名峰が並ぶのが見える。
 水をしっかり吸い込んだ沢装備を詰めた重いザックを背負った。幸い薮につかまることもなく乗越に着いて登山道と合流。ここからは重い足取りでまず赤木岳に登った。そしてついに北の俣岳に着いた。ここでもう3時となった。
 誰かが折立へ下ると8時の閉門に間に合わないからFさんが代表で下ってもらい車を有峰湖から出すことを相談している。そうしないと全員太郎平小屋に泊まるか折立でビバークすることになったからだ。御意である。そして我々が有峰林道の外側の飛越トンネルへ下って落ち合うことになった。
 分岐から長く急な登山道を残暑に照らされながら下った。かなり厳しい下りだ。Kさんの靴底ががついに壊れた。赤テープで補強してだましだまし下った。そして木道の敷かれた湿地帯を通過。見た目には優しそうだが急であり、外れて危ない部分もある。避難小屋に着いて一息入れた。小屋にひかれた水でポカリスエットを溶かした。
 登山道は湿地帯から樹林帯に入ると足元がぬかるんだ。7月はもっとぬかるんでいたらしい。そして水芭蕉の大きな葉が残る。熊の糞らしいものを見つかった。ここは野生動物の天国なんだろうな。
 寺地山への道程は以外に長かった。右に夕焼けを眺めて歩いた。休むと夏虫が集まるので早々に発った。すっかり暗くなると3人はヘッドランプを点けたが私は眼が効くうちはなしで歩いた。
 寺地山から飛越トンネルへは高低差がほとんどない。周囲は樹林帯ですっかり闇になり私もヘッドランプを点けた。歩速が一段と遅くなった。疲れが出ているが我慢だ。拠点間の時間とガイド地図の時間と比較するとかなり時間がかかっている。
 結局飛越トンネルに着いたのは午後10時を回った。実に7時間もかかったことになる。計算上では8時に着いていることになったが・・・。闇と疲労が重なるとピッチは上がらない。
 トンネル出口に着くとFさんの車がない。しばらくは路上に寝転んだ。体が冷えてくるのでツエルトをかぶったがそれでもしばらくすると冷える。3人はトンネルのゲートの向うに待機しているんじゃないか、と探しに行った。そんなはずはない、とツエルトに包っていると車の音。懐かしいディーゼルエンジンの音だ、と這い出してみたが別の車か、とまた寝入る。足音がしてまた這い出してみると人影である。しばらくじっとしていたが起きて見に行くとなんとFさんだった。良かった。
 予定以上のスピードで折立に下山して悠々トンネルをくぐったが9時半まで待った。名古屋へ連絡しに神岡の街まで下っていたらしい。全員揃い、深夜12時になってなんとか名古屋へ向かった。疲労と寝不足でふらふらになりながら名古屋に着いたのは午前4時をまわり5時半になっていた。
 青い空、澄み切った沢水、快適な岩の回廊。溯りきったあとの草原の青。どれも素晴らしかった。こんな美しい北アルプスは今までに見たことがないと思ったほど。下山の思わぬ苦労はその代償である。忘れえぬ沢旅となるだろう。