上田惇生『ドラッカー時代を超える言葉』から2010年04月30日

 栄・丸善を彷徨っていて目に付いた本。ぱらぱらめくると断片的だがはっとする言葉がてんこ盛りになっている。

 70:リスクを冒せなくなることこそ最大のリスク

 経済活動において最大のリスクは、リスクを冒さないことである。そしてそれ以上にリスクを冒せなくなることである。

 トヨタ自動車の大番頭といわれた石田退三は石橋を叩いても渡らない、名古屋商法の実践者として知られた。慎重にも慎重を期する経営である。
 終戦直後のトヨタは借金に苦しみ、労働組合運動にも対応するのに必死であった。日銀名古屋支店長の音頭で銀行のシンジケート団を組んで融資を受けて窮地を脱した。その際の条件に工販分離があった。多額の割賦販売で常に借金の多い販売部門を切り離してメーカーの財務をはっきりさせた。
 そんなトヨタが朝鮮動乱の特需で大もうけした。この時に決断したのは世界初の乗用車専門の元町工場の建設だった。この決定には大きなリスクを伴っただろうことは想像に難くない。
 これは大成功を納め、トヨタは大成長した。リスクを冒した結果である。慎重なだけではダメ。ここぞというときにはリスクを冒すこと。
 現在のトヨタも品質問題で大きく揺れているが長い目で見ればさざなみであろう。プリウスの発売には大きなリスクを伴ったし、世界的な工場展開も同じこと。日銀の発表にもそろそろデフレ脱却、とうたう。
 アメリカでは巨額の公金を使った経済政策が功に結びつかない。そこでというわけではあるまいがオバマ政権はゴールドマンサックス証券を攻撃し始めた。空売りで大もうけしたこの証券会社をつぶそうというのだろうか。世界からの投資を呼び込みたいオバマさんであるが折角投資してもG・Sに空売りされては投資家の意欲が吹き飛んでリスクを冒さなくなる。
 江戸時代にも今の御園座辺りで大手の米問屋を営んでいた米商人の杜国は空売りで儲けていた。しかし当時の幕府は禁じていたのである。その禁を犯した罪で渥美半島へ追放されたのだった。芭蕉は才能ある弟子でもあった杜国を見舞いに訪ねた。いつの時代でも為政者側に背くものは弾劾される。
 空売りの制度そのものが悪いわけではない。G・Sが罪深いのは内部情報を知っていて仕掛けるからだろう。G・Sはリスクを冒さずに大もうけしたのである。インサイダー取引なら馬鹿でも儲かる。大手電力会社の創業者、大手証券会社の創業者、有名な私立大学の創立者みなインサイダー取引で多額の金を手にした、とものの本に書いてある。
 リスクを冒せなくなるとほんとに経済は縮小するばかりだ。世界の経済成長を「買い」たがっている投資家は多いはずである。G・Sの行方に注目したい。