硬雪にスキー日を趁(お)ふ音あらく2010年04月04日

 高屋窓秋の作。山に憩ひてより。昭和10年。
 趁は追うと同じ意味で同じ読み方である。
 春になって一旦日光で解けた雪の表面が凍結する。場所、標高にもよるが4月になると粗目になる。こんな雪面は硬い。要するにアイスバーンのことを意味している。厳冬期の降雪ではまだまだやわらかい。日照時間の長くなる立春以降か。
 音あらくは荒くであろう。昭和初期までのスキー板はエッジが無かった。昭和5年に外国で金属エッジが開発されて翌年には輸入された。それでもまだ埋め込み式ではなく螺子で止めていたようだ。埋め込み式は戦後の昭和30年頃という。音が荒いのは金属エッジで硬い雪面を削る音であろう。エッジがないとずるずる滑って硬い斜面では立ってもおれない。
 中級山岳の春の雪山を想像した。高曇りで日光は弱い。ウインドクラストした硬い雪面にスキーを走らせる。すると金属エッジがガリガリと雪面を削りシャーベット状になる。
 当時はプラスチック製の山スキー専用靴はなく、柔らかい革靴であった。革バンドで締めるにしても現在の足首までがちがちに固めるような道具ではない。だからとりわけこのような硬い雪面にはてこずる。スキー板が踊るような感じで滑降してゆくことになる。 
 私も最初は皮製登山靴でスキーを履いたからそのイメージはよく理解できる。