東京・高尾山と名峰・筑波山を歩く2008年12月08日

 12/5夜、10時30分発の夜行バスに乗車。いつもは東名高速経由であるが今夜は中央道経由にした。但し、こちらはカーブが多く、登り下りもあって乗り心地は今一。エンジンの真上に座ったから上り坂ではうるさい。3列シートもこの欠点を補うためか。おまけに若干割高な料金設定。この路線は冬の昼間の観光用なのだろう。
 うつらうつらとしつつ、5時30分、早暁の新宿駅前に着いた。早速、吉野家に入って朝飯を掻きこむ。6:06の京王線の快速で高尾山に向った。370円と超安い。この人の多さ、スピードの速さ、線路周辺の変化のなさがいかにも都会近郊路線らしい。かつての武蔵野の只中を走る。
 やがて車窓から白い富士山も見えて山へ向っている気がしてきた。北野で乗り換え、高尾、7時頃、高尾山口終点で下車した。先ほどまでの喧騒がウソみたいに森閑とした山間の駅前。大きな案内図に従って山に向って歩く。やがてケーブルの駅に着くが始発は8時とのんびりした感じ。お客も2,3人待っているが機械力はパスして7時30分稲荷山コースへ踏み出す。いきなりの急登をやり過ごして旭稲荷に着く。ここからはやや緩むが植林帯の静かな山道である。ムラサキシキブを見る。
 坦々と登り、高齢の女性2人連れを抜くとすぐに稲荷山の展望台&トイレつき東屋に8:06に着くが関東平野は冬霞である。休憩もまだ早いのでパス。6号コース合流地点まで喬木となった雑木林が残る中を歩く。合流地まで来るとちょっと休憩。視界も開けるがすぐ上の山頂までは急な階段の道にうんざりする。はあはあ息をきらしつつ登頂。8:45だった。展望台からは白い富士山がよく見えた。隣の前衛の山は丹沢山地の大室山であろう。南アルプスの塩見岳も見えると他のハイカーがいう。
 本来の山頂には2等三角点が埋まっていた。その前の売店が2、3軒営業を始めた。この山は食料や飲み物が要らないのである。影信山に行く考えもあったが午後の山岳会の行事もあり、神社経由で下った。山頂で休んでいる間にも続々ハイカーが登って来るが下りはじめると更に増えた。神社は登拝の客もいてごった返していた。さぞや年末年始はもっと多そうだ。
 10:10にうんざりするほどお客とすれ違って朝のケーブル駅まで来たが土産物店、食堂がみな営業中で朝の閑静な感じとはまるで違って見えた。ぞろぞろ観光客の多さに圧倒された。10時、蕎麦屋に入って蕎麦を食べる。店の女の子に聞くと何かの雑誌に紹介されて一段と増えたらしい。
 京王線の駅前の手前で本山の御用達(ごようたし)の饅頭を購入。駅のトイレで歯を磨き、髯をそり、背広にワイシャツ、紳士靴に変身。年次晩餐会モードに切り替えた。
 11時の電車に乗るに高尾からJRの方が有利かと思いきや高尾ー新宿間540円、東京駅間は890円、京王線は350円。比べると2倍。何だこれは。一旦出てしまったので120円(高尾山口ー高尾間)を捨ててもったいないがまだ有利であっさり京王線に引き返した。
 新宿からは東京駅に向かい、八重洲から京橋のフィルムセンターの展示をちょいと見学してバック。品川に向った。高輪プリンスホテルで行われた年次晩餐会では皇太子を迎えて盛大に行われた。所属支部が秩父宮記念賞を受賞したので久々に参加したがこれで果たした。
 宿泊先のホテルは品川駅から3分とあったが実は早合点で大井町まで電車で3分だった。道理で安いはずである。しかし、狭苦しい部屋のバスでなく共同の展望風呂もあり、中々快適である。
 12/7朝、5時30分携帯の目覚ましで起きる。6時30分仲間と合流して秋葉原に向う。つくばエキスプレスなる聞きなれない電車に乗るためにまごついた。完全なおのぼりさんである。
 つくば駅までケーブル、バス代もセットで4300円也。百名山詣でも結構金がかかる。何分関東平野にぽつんと聳えるからついでにとはいかない。バス停からケーブル駅までは若干歩く。ここも信仰の山であるから神社経由で便利に登山できる。この山ではケーブルで登山した。山上駅からは男体山にまず登る。関東平野の遥か遠くに浅間山が白い。
 下りて女体山に登った。どちらもハイカーでごった返す。女体山の1等三角点は自然石に埋め込まれるがやや低い位置のため人に踏まれやすい。足で磨きこまれたような岩場のスリリングな山頂で記念撮影を済まし、山麓のキャンプ場へ下山した。ここでスタッフがトン汁をふるまってくれた。その後はつつじ台のバス終点に回りこんで歩くがちょっとしたハプニングがあった。用事があって先に行ったWさんが道を間違えて別のところへ下ったらしい。結果、1時間もロスした。車道から山腹の道へは道標もなく分りにくいので不案内な登山者には無念である。
 バスでつくば駅に戻り、秋葉原駅に帰った。例の事件があったところだ。まるで人間の洪水である。東京駅からは逃げ出すように新幹線で帰名した。この二日間都会は無論山も人の洪水であった。金融危機とか不況とか微塵も感じられない。東京は凄いところであった。

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