鈴鹿・沢納め(谷尻谷からクラシを経てクラシ谷下降)2008年11月06日

愛知川と谷尻谷の出合にて
 今年最後の沢納めである。少し早めにしたのは諸々の事情を配慮して優先した。この時期最高の鈴鹿の自然を堪能したかった。
 例によって11/1の夜はW君の家に寄って鈴鹿に向う。同行予定のF君は子供の病気で来れなくなって朝発となった。とある場所の一角で明かす。夏と違い、外で寛げないし、2人ということもあって盛り上がらなかった。
 11/2の朝、F君も合流。F君が懇意にしている朝明茶屋に車を停めさせてもらった。ありがたい。するとK女史に出会った。知人らも朝食を摂っているところであった。今日は行事で来て泊まっていた。
 先ずはハト峰峠を目指すがいつもの道が途中でおかしくなり、林道にヤブをくぐって上がった。上から見るとこの道も山抜けで埋まっているような気がする。
 峠を乗り越し、白滝谷沿いに下る。黄葉はまだ少し早そうである。愛知川に降り立つ。ここは相変わらず、いいところである。黄葉も美しい。ハーネスを着用して準備する。外人の登山者が下流から登ってきた。流れに沿って行くが夏は泳いだ深淵も今回はパスして高巻く。尾根を越えてすぐに谷に降りる。
 いくらも歩かずに谷尻谷出合に着いた。ここからは直接入渓できないので少し下ってガレの浅い沢を攀じると左へ赤テープで導かれる。踏み跡もしっかりある。テープを追って行くと難なく下降ポイントに来れた。木にシュリンゲがぶら下がっているがお助け紐を出してもらい下る。ここまでは随分以前に来たときのままである。
 巨岩が散乱する河原を眺めると印象が随分違う。左岸の切り立つ崖からの落石でゴーロになってしまったのであろう。以前は石飛しながら楽に溯れたはずである。
 すぐに小さな滝に出合うが直登は出来ないので確保してもらい、左岸のバンド伝いに高巻く。ここでも以前の記憶がないのでこんな厳しい沢だったかな、と疑問を持つ。以前との大きな違いは30歳代は体重が63Kgで今は75Kgもあり、オーバー気味であるということだ。身軽だった頃はフエルト足袋、シュリンゲ2本とカラビナだけの簡易な装備で遊んでいた。怖いもの知らずだったとも言える。
 この高巻をこなすと後は技術的に大したことはない。鈴鹿らしい楽しい沢歩きが楽しめた。岩堤の滝は一風変わった自然の造形美である。古くから名前の知られた滝はここだけであろう。
 やっと体が沢モードになって来たと思ったらもう見覚えのある道標がぶら下がる北谷尻谷との出合であった。お金峠への道標も見える。ここで休んでいたら単独の登山者2名に出会った。重装備の一人は大峠方面へと北谷尻谷へ向かった。登山靴なのでお金峠か狐峠を越えてきたものらしい。もう一人は上谷尻谷へと行った。多分ワサビ峠を越えるのだろう。
 かつて私も銚子ヶ口から北谷尻谷を下り、この出合からワサビ峠を越え、中峠を越えて朝明に下山したことがある。下谷尻から遡行した際もおそらく日帰りなのでワサビ峠を越えたのだろうと思う。つまり、上谷尻は完全に詰め切っていないと思う。すっかり忘れていた谷であるがこの秘境的空間も登山者から忘れられた山域である。
 せせらぎの流れに沿って登るもよし、落葉を踏みしめて自在に彷徨するも又よしの庭園風の空間である。樹種はシロモジが多く、窯跡も多い。マンガンを運搬するトロッコの車輪やレールの残骸も見た。茶碗のかけら、一升瓶も見た。マンガン鉱山の事業で多くの鉱山労働者が働いていた時代の産業遺産である。煮炊きするために木が伐られ、炭に焼いた。この平も造成されたかに思うほどである。
 シロモジは幾度も伐られては再生したが今は樹高も高くなり、適度な空間を作る。もうはや需要がないために伐られることはないだろう。そんなことを思いながら上流へと詰めた。先ほどの登山者がワサビ峠に向う後姿を見送るともう我々だけになった。
 ビバークサイトの検討をしながら詰めたが適当な平は上流ほど見当たらない。少し戻って沢から2m程度の段丘に居を定めた。幹と幹に張ったロープでツエルトをセット。後は夕食の準備、焚き火用の枯れ枝集めにと慌しく過ぎた。暗くなるまでにすべては準備し終えた。焚き火は一発で着火に成功した。今年は100%の成功率である。乾燥した枯木が良かったのだろう。W君が100円ショップで見つけた着火剤も多いに手伝ったと思う。メタよりはずっといい。
 焚き火に当たりながらF君の手作り料理に舌鼓を打った。900mlの日本酒もぐいぐい入っていく。日常の飲酒では得られない旨さである。
 11/3は5時に目覚めた。まだ真っ暗であるが朝食の準備をしていると段々明るくなる。片づけをして7時過ぎ出発。谷はすぐに狭くなり、二股になる。右をに振る。威圧するような滝はもうない、と思いきやF君が先頭でなにやら指示している。30mの繊細な滝が見えた。黒々として水量も少ないが秋ゆえに周囲の紅葉がライトアップするように映える。光量が少なく、カメラが暗い。
 左手前のガレを登ろうとするとヒルがいやいやするように首を振る。この時期でもヒルは活動するのか。途端に気味悪くなり、WリーダーのRFに従い、やや戻って落葉に埋まる枯れ谷を攀じて尾根に上がる。尾根を詰めて滝上あたりを目掛けて下った。再び緩斜面の流れと広い雑木林の広がる二股に来た。
 既登のF君によると二股を左にとれば廃鉱跡からクラシに近い所へ辿れるらしい。ここでは右に振った。石垣の小台地があり、5mの滝に出合う。高巻ラインを探したが結局は直登した。更に溝状の小滝を攀じるともう源流の様相となった。正に水脈(みお)細る感じである。
 両岸に笹が繁茂し始め、樹幹に苔が生える。濃い霧の山なのであろう。水が絶えて草生す溝となり、一面霧の平に飛び出した。クラシの一角に着いたのである。足元は笹原のはずだが一面枯れていた。移動していくとヒカゲノカズラが進出し始めていた。やがてヒカゲノカズラの原になるのであろうか。ヒカゲとはいうが日向を好むシダ植物である。氷河期の生き残りと聞いたこともある。生命力が強い植物であろう。
 『鈴鹿の山』にはススキの原とあり、『渓谷7』の鈴鹿特集には1979年の記録に笹原とあるから植生が三度変わったのである。正確にはヒカゲノカズラ植物門というらしい。酸性土壌でも生育する。ススキは酸性土壌に一番強いらしいが、なぜ変化したのだろうか。山頂一帯は風当たりの強い風衝草原でもある。そんな乾燥にも強いはずだった。
 以下に仮説を立ててみた。
①ススキは茅葺の材料になり、イブネクラシは採草地だったかも知れない。火入れをすれば又再生したが今は不要になったこと。火入れをしないために地味が痩せて笹原に変わった。
②笹は乾燥に弱いかもしれない。割合短期間に枯れた。
③かつてイブネクラシの山頂には雑木林が成立していたはずであるが炭焼きのために伐採した。伐採後は風衝地、乾燥土壌、酸性土壌になって樹木は再生できず、ススキ草原になったこと。
 かつてはたたら製鉄のために大量の製炭を必要として伐採が繰り返されたためか中国山地は今も笹山が多い。イブネクラシの山頂もそんな文化の歴史を秘めているのかもしれない。
 既に午後に近くなった。計画していた佐目子川源流を探る案は撤回し下山にかからねばならない。まず濃い霧の中を登るのはクラシの山頂だけにとどめて予定外のクラシ谷の下降で合意した。
 背の低い笹の溝を辿りながら下ると二股にでた。すぐ下では3mほどの滝があり、懸垂下降した。風のない谷で昼食を摂る。ドンドン下る。あちこちに炭焼き窯の跡があった。前方がすっぱり切れる感じなので大きな滝が予想された。果たして2段40mの大滝であった。
 まず5mの滝を懸垂下降、次は右岸に寄って懸垂下降、更に左岸に寄って懸垂下降した。30mのザイル1本しかなく手間取った。しかし、ここを最後に困難な滝はなかった。後は広く緩くなったクラシ谷を徒渉しながら愛知川出合に下った。
 愛知川出合はまるで高速道路みたい。早い流れと水量が本流と支流との格の違いを見せる。それに黄葉の美しいこと。思わず写真を取り捲った。
 後はもうタケ谷に沿う登山道を根の平峠まで登ればいい。峠からは08.9.2豪雨で氾濫した白い河原に驚きながら朝明までゆっくり歩いた。

コメント

_ こじこじ ― 2008年11月23日 07時15分58秒

ひょっとしたら、『鈴鹿の山』の「ススキの原」の表現は、「笹の原」の意味・・・の可能性もあるかもしれませんね。

全く根拠に欠ける単なる思いつき・・・というか、僕の単純な仮説ではありますが・・・小屋番さんは、どう思われますか?

http://gogen-allguide.com/su/susuki.html

_ 小屋番 ― 2008年11月23日 10時10分59秒

 『鈴鹿の山』の山口温夫さんは1921年生まれ。桑名市の学校で理科の教師でしたから科学的な味付けがあります。日山協の第一級指導員とのこと。鈴鹿の笹について「イブキザサ」のコラムがあり、「鈴鹿の名の起こりはスズ即ち篠、つまりススキやスズタケのように・・・説がある」と解説。こじこじさんの仮説もあり?ですか。ススキと笹は混生しますしね。
 でも理科の先生ですからススキはススキでしょうかね。笑。検索で「四日市遠征協会」の笹noteにアクセスしたら本格的な鈴鹿の笹の見聞が書いてありました。中々のボリュームでした。又あの周辺を探りましょう。

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