奥美濃・気良烏帽子1595mと烏帽子岳1625mに登る2008年07月16日

 いささか古く愛用している『コンサイス日本山名辞典』で烏帽子山、烏帽子岳は60座余りを数える。東海地方で烏帽子岳といえば先ずは鈴鹿北部の烏帽子岳を思い浮かべる。奥美濃では旧徳山村の烏帽子山がある。長良川流域では母袋烏帽子、荘川村と明宝村の境の烏帽子岳がある。とまあ意外に少ない。何れも既登であるが三角点がないばかりに登頂の機会を逸してきた気良烏帽子が残っていた。
 ある日の朝刊に三井物産の三井の森の意見広告が掲載された。岐阜はヤカンバタなる写真であった。遠方には小高いピークが聳えている写真である。どこかで見たが・・・。はてなと検索すると何と明宝村の地域であった。それは烏帽子岳であった。
 更に検索をすると気良烏帽子にまで道が整備された情報が飛び込んできた。烏帽子岳は以前、水沢上林道からトライしたが林道の廃道に手こずり、根曲がり竹に閉口して退散させられた記憶があった。それで冬にスキー場からスキーで往復したのであった。これで一件落着と行きたいが欲張りなもので無雪期も一度は行きたかった。
 「美濃一人」さんのサイトの昨年の秋の情報を頼りに以前、退散したNさんにも声をかけて急遽登山に行った。新しく西俣川の林道が開通していた。『美濃の山』はそのルートであった。
 7/13(日)名古屋を出たのは3時半、Nさん宅を4時に出発。燃費を気にしてスローで行った。長良川SAで休んだこともあり郡上ICには6時前に着いてしまった。折角のETC割引を得られず、もったいない。燃費より高速の方がずっとメリットがあったのに。せせらぎ街道を走る。気温は19度と快適な温度。
 明宝スキー場の一角をかすめて登山口のきずなの森のゲートに着いたのは7時。先着が1台あったが山釣りのようだ。7時10分ゲートをくぐる。すぐに三井農林の無人の事務所がある。周囲はかなり成長した杉の植林地である。直射日光を避けられるので森の中はありがたい。最初の分岐は左折。橋を渡ると2回目の分岐である。廃道の水沢上林道と西股林道の分岐で左折。すぐに洗い堰がある。少し上流に回り石飛で徒渉。サワグルミの大木を左に見ていくと大きくU字形にカーブする。その先で3回目の分岐となり、杉の幹に右へエボシとスプレーで塗布してある。これは登山者か。左はマルトとある。どうやら関係者みたい。
 尚も杉の植林地帯であるが次第に高木となり、自然林が混じっていることに気づいた。カーブがきつくなり、高度を上げ始める。右からの沢を洗い堰みたいな橋で渡る。上手には白い葉のマタタビが見える。
 4回目の分岐に出合った。左へとったが間違いと分かったのは1時間後であった。地形図の読み違いで良く似た林道の分岐が2箇所あり、最初の分岐で間違えた。戻って歩き出すと又、右へ新しい林道が開削されている。5回目の分岐である。看板を読むと平成19年の工事であった。これは地形図にない分岐である。ここでも慎重にチエックした上で引き返した。右カーブして行くと緩やかになり、6回目の分岐である。ここは森から開放されて明るいためか、見通しもよく地形図で分かった。
 左を取るとすぐに左へ鋭角に曲がる分岐があった。7回目である。登山者らしい古い紐がぶら下がり、その先にようやく2m幅の切開きがあった。ここが登山口であった。10:35。
 最初は植林であるが岳樺、ブナと登るにつれて植生が100%自然林に変わる。途中に錆びたワイヤーが放置。自然林であるが二次林であろう。急傾斜から緩傾斜になるとブナもよく成長している。Nさんが遅れ勝ちになるのは撮影に忙しいためであろう。三叉路で右烏帽子岳、左気良烏帽子の指導標があった。まず左折して気良烏帽子へ。以前は道がなかった所為でチエーンソーで伐開されたばかりの荒々しい感じである。5分で登頂。11:55。期待以上の素晴らしい山頂である。何より三方に開けている。大きな山は鷲ヶ岳、白尾山へ続く無名のピーク、母袋烏帽子、晴れておれば御嶽、白山も見えるらしい。気良の山里も俯瞰できる。周囲は落葉樹林であり、黄葉も素晴らしいであろう。12:25。戻る。
 三叉路に戻って三角点に行く。ぶな林が濃厚である。社有林なのに良くぞ残されたものである。日経の新聞広告によると100年の歴史を有するという。断片的にメモって見ると、企業の社会的責任、森林の機能や価値を重視、社有林を通じて、それらを広く世の中に訴える、森林には社会にとっての大切な機能がある、世の中全体で共有したい、人間はやはり、自然に親しむ本能を持っている、今の若い人たちが自然と接する機会が少ないのは、心配です、それもあって社内外の多くの人のために、社有林を活用していきたい、など色々な社長の考えが活字となって紙面に刻まれる。
 ブナは橅とも書き、木で無いから資源とはみなされなかった。ところが水資源の保護に無くてはならない木であると理解されるようになった。白神山地は今や世界遺産である。かつて台風直後の銚子洞を遡行した際大水なのに水量は対して増えず、濁りもしなかった。ブナ、ミズナラなどが吸収していたのであった。森林にはダムの機能があると理解されるようになった。それを実感したものである。
 さて、烏帽子岳三角点へはかつて道があったせいでよく踏まれている。三角点へは10分であった。12:40。約10mほど熊笹が刈り払ってあった。若干は見晴らしが良い。オサンババへの稜線は笹の密生で辛うじて歩ける程度である。素人には無理である。無雪期は余り登山者が居ないせいで苔が生えて新鮮な山頂である。人気の山なら土がむき出しになり、ゴミの一つも落ちているがここは何もない。
 13:05。往路を戻った。登山口は13:50。きづなの森ゲートは15:23であった。往復約8時間超であるが1時間は道迷いのロスがあった。
 下山後は登山道を整備された「もりっこはうす」の事務所に立寄った。ヤカンバタのことも聞きたかったが入山については許可が要る、入山してもらいたくない、など消極的である。訳を問うと道迷いが多いらしい。特に山菜取りが多いらしい。我々でも間違えたから地図も磁石も持たずに入山すれば道迷いは必至であろう。それに何故か母袋烏帽子の登山道の情報問い合わせや『ぎふ百山』踏破の目的の問い合わせも多いらしく迷惑そうな感じである。折角登山道を整備していながら先述の三井の森の意思は浸透していないようだ。そのはずでここは「めいほう高原」の夏のイベントなどを扱うようだ。三井とは無関係であった。
 高原を下る帰途、明宝温泉に入湯した。久々のお湯を愉しんだ。せせらぎ街道から気良の山里にも向った。『ぎふ百山』の烏帽子岳に掲載の写真は気良烏帽子なのであった。名馬磨墨の産地のモニュメントがあるところから遠望するとイメージが蘇った。以前はここからも沢を伝って登山された。三角点に烏帽子の名前は譲ったが気良から眺めてこそ烏帽子の形に見える。磨墨は気良烏帽子の麓、数河の地で天馬の種を宿し、生まれた伝説がある。
 道の駅明宝からは朝も見たが再び「絶高」の端正な山容を眺めた。三角錐のきれいな山である。この山は酒井昭市『美濃の山飛騨の山』に出てくる。お店では明宝ソーセージを買い、うどんを食べて帰った。郡上のR156に戻ると高速は渋滞気味で美並ICまではR156で行く。
 奥美濃の山を堪能した一日であった。