菊地敏之「ハイグレード登山技術」2007年12月12日

 東京新聞出版局刊。2007.7.16.「岳人」に連載されたシリーズを単行本化した。連載中から単行本化されるといいな、と思っていた。毎号購読する熱心な読者ではなかったから。
 著者の菊地氏は1960年生まれの現役の山岳ガイド。過去に「最新クライミング技術」を出して好評の内に版を重ねた。私も買った。よく整理されて読み易かった。こんな一見取り付きにくいテーマの本がよく売れることは異例のことだと思う。多分著者の薀蓄が入っていることが大きいだろう。いい指導者に恵まれないのも原因かと思う。
 ベテラン登山家が書いた技術本は少なくないが類書と単純比較は出来ない。山岳ガイドとなって山岳会を離れ、登山技術も客観的に批評できるし指導する立場でもかなりの蓄積があったかに想像するのである。そんなバックボーンがある著者の本だから多分よく売れると思う。
 本書の類書にない特長はむしろP158以降である。登山の取り組み方の項で「安全な登山のためには山を知ること」という文は何もこの人だけが発見した真理ではない。すでに今西錦司の著書にもあることだから一定のレベルに達した登山家ならいやおうなく気づく真理である。それを知らないから山岳遭難が絶えないのである。
 P164のステップアップの仕方は従来は山岳会の中で先輩にもまれながら教わったことである。こんにちはこうした過程を経ずに簡単に冬山に行けるから思いがけない遭難が起きる。
 本書の題は「ハイグレード」と謳っているが適切とはいえない。むしろ「基本の」とか「5合目からの登山技術」とかしたらいかがでしょうか。全くの初心者はまだ恐さを知っているからいいとしても中級者が危ない。危ない経験をいくつも経験して切り抜けて初めて中級者足り得る。
 春山、沢登り、山スキーといったジャンルには触れられていないのは惜しい。ヤブ山ではガイドで稼ぐことは出来ないがそれだって登山の基本がある。ないものねだりかも知れないがそれでこそ「ハイグレード」の称号を与えてもいいと思う。

映画「淑女と髯」鑑賞2007年12月12日

1931年松竹制作。小津安二郎が28歳の頃の作品。サイレント映画です。
 これで1931「東京の合唱」1931「生まれては見たけれど」1929「大学は出たけれど」1930「落第はしたけれど」1933「出来ごころ」と観てきたがどれも可笑しい。健康な笑いに満ちている。サイレントは台詞がないから身振り手振りで諧謔性を表現する。アメリカ風に言えばギャグである。語韻も似ている。
 この映画は岡田時彦が主演で顔を覆う髯面のバンカラ風大学生の役。なぜ髯を生やすかという質問にリンカーンの写真が出て説明されるのが可笑しい。過去の偉い人は髯を生やしていたというのであるが。対する女優は3人が主役で中の川崎弘子は田中絹代ばりの日本的な可愛い顔でそっくり。当時はあれが美人の標準だったのであろうか。
 弘子に髯を剃りなさいと諭されて剃るとホテルにも入社決定。馬鹿にしていた他の女性まで惚れているという変り様。それは岡田時彦が当代きっての美男俳優だったからでした。
 わずか1時間15分でした。1903年12月12日に誕生。1963年12月12日に首に癌を患って死去した。命日であり誕生日でもあるという。「豆腐屋には豆腐しか作れない、そんなに色々作れるわけがない」といっていた小津さん。病床でも見舞い客に「ガンモドキが出来た」といって笑わせていたそうだ。わずか60年の命でしたが素敵な映画を沢山残してくれてどうもありがとうございました。
    小津安二郎の映画観て居る忌日なり    拙作