映画「氷壁」鑑賞2007年08月28日

 今日は昨年8月15日に亡くなられた登山家石岡繁雄氏の一周忌の集会であった。娘の石岡あづみさんがあいさつに立たれた。父親に瓜二つの横顔が故人を彷彿させた。その後昭和30年に起きたナイロンザイル事件の顛末をO氏が解説された。
 何といっても蒲郡で行われたザイル強度の公開実験でザイルが切断されなかったことが石岡氏の運命を狂わせた。原因は岩角を面取りしたからであった。切断されなかったその事実をおかしいと思った仲間のK氏がこっそり実験に使われた櫓に登って確かめると面取りしてあったという。企業の卑劣な隠蔽工作であった。
 作家の井上靖はこの事件を社会的な広がりのある小説に仕立てた。それが「氷壁」である。朝日新聞連載後昭和32年に発刊された。
 井上靖が石岡さんの「屏風岩登攀記」の書評に寄せた言葉がある。「石岡さんは名アルピニストであると共に、志を持った数少ない登山家の一人である。私は氏の実弟の遭難事件をモデルにして『氷壁』という小説を書いているが、私に『氷壁』の筆を執らしめたものは、事件そのものよりも、寧ろその悲劇を大きく登山界にプラスするものであらしめようとする氏の志に他ならなかったと思う。」と述べている。
 続いて昭和33年には映画化もされた。大映制作。増村保造監督。脚本は新藤兼人。主演は菅原謙二、山本富士子、野添ひとみ、山茶花究、川崎敬三、上原謙と豪華。ただし映画ではザイル事件を織り交ぜてはあるがシリアスなメロドラマ仕立てである。しかし映画の中の風景は懐かしい。私は同時代ではないがキスリングといい、カンダハーのスキーといい、トヨペットクラウンの観音開きといい事件の起きた時代をそのままリアルに切り取っている。
 別の北鎌尾根登攀中に凍死した松濤明と芳田三枝子の恋愛も絡ませて複雑にしてあるのはドラマに深みを増す試みであろう。ザイル事件の真相究明とか社会問題とまでは発展させていない。そこが物足りない。が山茶花究扮する魚津恭太の勤務先の上司がさしずめ井上靖の代弁者であろうか。中々いい台詞を吐いていた。
 小津安二郎は世の中のことは大抵は単純なことでもみんなでよってたかって複雑にしているんだ、という。この件にしても企業が謝罪して使用上の注意義務を喚起すればよかったが隠蔽したことでより複雑になった。その後も相次いでザイル切断による死亡事故が起きたからだった。
 ザイル事件の語り部を自認するO氏は一番の犠牲者はザイルの強度実験を指導した篠田軍司氏ではなかったかと思いやるのである。篠田氏は阪大の教授にして登山道具の改良で数々の功績があったそうだ。関西支部長を歴任。その功績も霞んでしまった。九仞の功を一簣に虧くとはこのことである。
 石岡氏は汚名を晴らし、登山用具の改良にも努められた。現在のPL法の先駆的な法律も成立させた。メーカーに対し損害賠償を求めるどころか私財を投げ打って研究改良に挑まれた人生であった。井上靖の言葉の通りであった。