笠智衆著「小津安二郎先生の思い出」を読む2007年05月13日

 小津安二郎関連の本は夥しいほどある。ちびちび読み始めたら続々読みたい本が出てきた。まるで富士山に登るようなものである。山麓歩きが長くて頂上まで中々辿り着けない。巨匠たる所以であろう。
 これまでに読んだ中村博男「若き日の小津安二郎」(2000年)、山内静夫「松竹大船撮影所覚え書 小津安二郎監督との日々」(2003年)、松竹編「小津安二郎再発」(2002年)、三上真一郎「巨匠とチンピラ 小津安二郎との日々」(2001年)は小津さんの周辺の俳優や親しい人からの視点で書かれている。雑誌では「伊勢人」、「考える人」で特集が編まれた。
 本書はその中でも最も親しさと尊敬のまなざしで書かれた小津本であろう。1991年に「大船日記 小津安二郎先生の思い出」(扶桑社)を底本として今回新に朝日文庫に入ったのはいいタイミングであった。いずれ古書で買おうと思っていたからだ。題名の大船日記を省いたのは今でも続々出てくる小津本を先に打ち出したい出版社の意向であろう。
 朝日文庫には以前「俳優になろうか 私の履歴書」(1987年)もあったが現在は絶版のようである。未読であるが多くはプライベートな話題を中心にしたであろう。本書は最後まで小津先生との思い出に終始している。ところで本書も口述筆記で書かれた。書くことが苦手らしい。俳優さんも色々である。
 内容的には164ページしかないから一気読みできる。他書との大きな違いはトーキー時代の思い出である。先生と1歳しか違わないそうだ。年齢的には互角であるが演技指導では随分絞られたらしい。他の俳優以上に絞られたと述懐する「先生ありき」の第二章は本書のクライマックスである。
 俳優生活と小津さんとのつきあいが60年以上と長きに亘る。短かった。本当に、あっという間でした。と締めくくる。旧版を著して2年後の平成5年(1993年)に他界した。88歳の大往生であった。
 川本三郎「今ひとたびの戦後日本映画」の中で笠智衆を「穏やかな父」と題して詳細に人となりを紹介している。私では気がつかないこまかい観察が行き届いて読んでいて面白い。
 三上真一郎(1940-)も晩年の小津さんに「どう見ても役者の才能はないな」と云われながらも可愛がられた俳優だ。その著書の中に小津さんの計らいで笠さんの娘成子さんとの縁談をまとめた件。「ああ、それはいい。三上君なら是非、お願いしたい。それはいいです」と笠さんも即決。まるで小津映画を見ている様な気がした、と三上さんは書く。この話は本書には書かれていない。

コメント

_ BIN★ ― 2007年06月01日 00時50分33秒

はじめまして。
昨晩偶然目にはいり、読んでみたいなぁと思ったのがこの本でした。とてもていねいなご紹介で、読みたい気持ちがふくらみました。ありがとうございます。

_ 小屋番 ― 2007年06月01日 18時49分01秒

 始めまして
 コメントありがとうございます。
 俳優さんの中には優れたエッセイストもいますが笠智衆さんは代わりに書いてもらったそうです。しかし、そこが並みの人間じゃないわけですね。そのような手間をかけてでも世間に読んでもらいたい内容があるからです。知りたい読者も一杯いると思います。単行本から文庫本になったのも根強い読者の需要があるからでしょう。

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