高橋治「絢爛たる影絵 小津安二郎」を読む2007年04月21日

 映画監督小津安二郎の実話小説。著者は高橋治。「風の盆恋歌」が余りにも有名で私もかつて読んだ。他に「蕪村春秋」「くさぐさの花」「木々百花撰」など俳句の本をよく読んだ。小説中のヒロインも俳句で仲良くなったことが書いてあったと記憶している。俳句は高橋の余技であろう。
 この作家がかつて松竹の映画監督であり、助監督時代は小津安二郎の最高傑作といわれる「東京物語」の撮影現場に立ち会っていたとはこの作品を読んで初めて知った。あとがきには「・・・東京物語によって、棍棒で叩きのめされるような思いを味わわされた物語である」と書いてある。
 東大文学部を出て当時は花形と見られていた映画産業に身を投じたがいきなり厳しさでなる小津の元についた体験がベースとなって小津の晩年までが綴られている。それは映画産業の衰退の時期でもあった。
 客観的な叙述ではなく自分の性格も小津に体当たりしながらであったから高橋自身の人間性も浮き彫りにされる。東大出のエリート意識で小津に体当たりする高橋の描写も迫力があるし小津の発言と対置させて小津の人間観も分かりやすい。ついつい引き込まれてしまう。
 群盲巨像を撫でる、というごとく2007年現在までに夥しい小津本が出版されてきた。雑誌の特集も然り。この本は小津の死後20年経過後に出た。まだ数書の参考文献しかなかったようだ。いわば小津本のはしりである。関係者の聞き書きもいい。俳優達のエピソードも次に見る際により深まる気がする。既に読んだ本の殆どのエピソードはこの本から引用されているようだ。実際岩波新書「小津安二郎」の殆どはこの本の盗作らしい。高橋が指摘して以後絶版になった。それくらい面白いし、詳しい。この本を種として小津本がでているのである。
 惜しむらくは1982年に文春から出版されて文庫にもなったが講談社から単行本として2003年に出版された点だ。なぜ文庫で出さないのであろう。 2003年は確か小津生誕100周年であり没後40年でもあった。名声の高まりを考えると文春文庫の再刊が待たれる。

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